『千日の瑠璃』144日目——私は法律だ。(丸山健二小説連載)

 

私は法律だ。

玄武岩を想わせるほど固太りした刑事と、三階建ての黒いビルに巣くう極道者のあいだで、しばしやりとりされる法律だ。かれらは今、ダンプカーの体当たりでひしゃげてしまった扉に代る更に頑丈な扉を挟んで、私を弄んでいる。傍らでは、私のことはもちろん、自分が病人であることすら知らないかもしれぬ少年が、嵩に掛かった命令口調と、傲慢無礼な開けっ放しなものの言い様との激しいぶつかり合いを、鳥の声のように聴いている。

無法者はお定まりの結社の自由を盾にする。それに対抗するために刑事は、駐車違反や立ち小便といった軽犯罪をいちいち論って、私を大上段に振りかざし、こう言って相手を脅す。「四六時中付き纏って身動きできないようにしてやろうか、ええ?」と。やくざ者は電話一本で駆けつけてくれる顧問弁護士について触れ、いつでも受けて立とうではないかと毅然たる態度で言ってのける。

すると刑事はやにわに私を放り出し、口調を和らげ、「どうせならもっとでっかい町で始めたらどうだ」と言い、「よりにもよってこんな田舎町へこなくたっていいだろうが」と言い、猫撫で声で「黙って出て行ってくれや」と言う。だが、ならず者が居住の権利を口にするやいなや、彼はまた私をひっつかんでびゅんびゅん振り回す。物蔭からそっと成り行きを見守ってくれている人々のためにも、私が一体誰の味方かを思い知らせてやらなくてはなるまい。
(2・21・火)

丸山健二×ガジェット通信

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