『千日の瑠璃』130日目——私は火事だ。(丸山健二小説連載)
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私は火事だ。
カラマツの森と山に遮られているせいで、いくら激しく燃えても騒ぎにならない、孤独な火事だ。消防署に届けを出していないのだから、これは放火かもしれない。だが私は、まほろ町の盛り場周辺でひんぴんと起きる怪火——今のところ大事には至っていなかったが——とは何の関係もなかった。生まれ変り、やり直すにはそうするしかないと思い詰めた若者は、住む者がいなくなった実家の母屋に百円ライターで火を点けた。
障子の炎が天井へ燃え移ると、彼は塒として利用している土蔵のなかへ逃げこみ、土の扉を閉め、耳を塞いだ。消防署員が私を見逃したために、鳴り響くはずの半鐘やサイレンの音がいつまで経っても聞えてこなかった。すると彼はふたたび外へ出て、手がつけられぬほどの勢いになっている私を仰ぎ見ながら、おそらく当人も理解できないような、わけのわからない言葉を吐き散らした。初めのうちはただ怒鳴っているだけだったが、その叫びはやがて手足の動きで表現され、その動きは炎の揺れに同調し、大黒柱が折れて家全体が崩れ、火の粉がどっと舞いあがる頃には、それはもう疑う余地のない舞踏になっていた。
私に気づいて駆けつけた見物人は、たったのひとりだった。その少年もまた踊っていた。踊っているとしか思えないような五体の動きだった。ふたりは私に魅せられ、私はかれらに魅せられて、降る雪と共に存分に踊った。
(2・7・火)
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