『千日の瑠璃』129日目——私はX線だ。(丸山健二小説連載)
私はX線だ。
少年世一の先行きがあまり期待できない肉体を検査し、ついでにその性状までも調べあげてしまうX線だ。この子の魂はオオルリのそれのように完璧だが、惜しむらくは魂の入れ物が極めて脆弱なことだ。原因の究明がなされても治療法が見つからないかもしれぬ難病に全身を蝕まれている世一。しかし彼の心は、罹患した人々にみられがちな染みひとつなく、一点の曇りもない。奇跡的な全治への捷径を求める苛立ちも見当たらない。だからといって世一は、死に至る確率の高い病に屈したり、悲劇的な巡り合せを楽しんだりしているわけではない。この希有な病人をそこまで知っているのは、たぶん私だけだろう。
手を束ねるばかりの担当医が知っているのは、せいぜい病名くらいなものだろう。世一の心は常に外へ向って開かれている。そして世一の母親などとは段違いの吸収力で以て、生と死に由来するすべての感動を、世に類いない配列の脳細胞へと次々に取りこみ、それを何よりの糧とし、健康体の者より数倍も生き生きと暮らす源になっている。少なくとも、先日私が調べた、酒の呑み過ぎで血を吐いた彼の父親よりも、長く、深く生きているといってもいい。
世一の醜悪な面相は、断じて心の表情と一致するものではない。また、彼と接する人々の人間としての程度を試すためのものでもない。神に成り代って私がそのことを保証する。
(2・6・月)
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