『千日の瑠璃』128日目——私は星雲だ。(丸山健二小説連載)

 

私は星雲だ。

自由を求めて広場へどっとなだれこむ群衆のように、朱色を暗黒の空間にぶちまけながら、厳然と存在を示すヘビ座の星雲だ。しかし、まほろ町で私のことを知っている人聞はいない。渦巻星雲M81を知っている者でも、私のことまでは知らない。だが、隆々たる名声のM81は、この呪わしい銀河についても、この麗しい太陽系についても、この瑞々しい惑星についても知らず、ましてやこの寂しい町など知る由もない。

私はよく知っている。まほろ町に限っていえば、もしかすると八百万の神々よりもはるかに詳しいかもしれない。それというのも、少年世一に付き添っているオオルリが、美妙なさえずりをモールス信号のように駆使して、膨大な量の情報を光よりも速く、ほとんど瞬時にして送り届けてくれるからだ。そして私のほうもまた、私のどこかにいる青い鳥が同じことをしている。つまり、私のなかにもまほろ町があり、少年世一がいるのだ。脳が麻痺している分だけ魂が澄んでおり、澄み切っているせいでいつでも濁ってしまう世一の日々は、私そのものの日々でもある。

きょうもまた私は、そっちのまほろ町の、そっちのオオルリに、詳細な報告をする。こっちの世一は岸に佇むだけでうたかた湖の深浅を正しく測れるまでに成長した旨を伝え、そっちの世一はどうかとたずねてみる。けれども、珍しく応答がない。いつまでもない。
(2・5・日)

丸山健二×ガジェット通信

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