『千日の瑠璃』123日目——私は遺影だ。(丸山健二小説連載)
私は遺影だ。
胸が潰れるほどの悲しみを跳ね返す金ぴかの仏壇の前に、異を立てる意味で飾られた、真新しい遺影だ。年が明けても未だに娘の死を信じることができない父親は、のべつ私に語りかけながら、辛うじて心の均衡を保っている。それでも週に一度は途方に暮れ、土曜日の夜ともなると、ただではすみそうにない速度でクルマを飛ばさずにはいられなくなる。だが、大学生の息子にしか期待していない母親は、とうに立ち直っている。だから彼女は、娘の幼馴染みが線香をあげにきてくれても、なぜうちの娘だけがという焦慮に振り回されることはない。
幼馴染みは私の前に青と白の花をそっと置いて、掌を合せる。そして、湖畔の松林で首を吊った友の追憶のための追憶にあらためて心を抉られ、泣くためのハンカチで目頭を幾度も押さえる。しかしきょうの彼女は、そう長いことすすり泣きはしない。すぐに元気を取り戻した彼女は、私にこう話しかけてくる。「あたしはうまくゆきそうなの」と。相変らず回りくどい話し方だ。金を払って薪ストーブを作ってもらったという、まだそれだけの関係でしかない男、つまり赤の他人について、長々と喋る。最後に彼女は凝然として動かぬ私に、見守っていてほしいと言い、力を貸してほしいと頼む。
彼女が帰ろうとして立ち上がったとき、青い羽毛が一枚舞って、私の表にぴったりと貼り付く。
(1・31・火)
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