『千日の瑠璃』118日目——私は忠告だ。(丸山健二小説連載)

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私は忠告だ。

寒風吹きすさぶ役場の屋上に部下を呼び出した世一の父が、いつになく真剣にする忠告だ。部下は初めのうちしらを切り、邪推も甚だしいと言った。そこで私は証拠を幾つか突きつけた。逢引きの場所と時間について事細かに説明した上司は、最後に、「何だったら彼女もここへ連れてこようか」と言って畳みかけた。部下の顔はみるみる青ざめ、その眼は激しく揺れた。

私はつづけた。ばれたらどうなるのか承知しているのか、と訊き、今のうちに手を切ってしまえ、と言った。部下はしゅんとなってうなだれ、それからでかい図体を震わせて、少し泣いた。しかし、悔いて本心に立ち返るほどではなかった。そう見た上司は、尚もつづけた。「世間なんて他人のごたごたを面白がるだけだぞ」と言い、「現にこのおれだって半分面白がっているんだからな」と言った。

私が切り札とするのは、要するにひとつの幸福がもたらすところのふたつの不幸だった。ふたつの家庭の崩壊をそんなに見たいのか、と私は言った。次の人事で配置替えをしてもらうから、それを機会に清算してはどうか、と上司は言った。黙って頷く部下の肩に手を置いた彼は、「気持ちはわかるさ」と言い、「おれたちみたいな平凡な人生を送っている者にはそんなことしかないんだよなあ」と言った。そしていい歳をしたふたりは、午後の面白くも何ともない仕事へと戻って行った。
(1・26・木)

丸山健二×ガジェット通信

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