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『千日の瑠璃』115日目——私は無精髭だ。(丸山健二小説連載)

 

私は無精髭だ。

世一の叔父が暗い過去と深い孤独を他人に読み取られまいとして伸ばし始めた、無精髭だ。私は顔の半分を埋め、苦い思いの三分の一ほどを隠した。ところが彼は、寂しい雪の上にもっと寂しい雪が降り積もって、錦鯉の越冬用の池が凍てついてからというもの、一度も町へは行かなかった。家にこもり切りの彼は、米と缶詰、安酒と穴ぐらに保存した野菜、それに総合ビタミン剤だけで年を越し、ちょうど五十回目の正月を過した。

彼はさかんに私を撫で回しながら、のべつ内なる何かと闘っていた。あるいは、自分で自分を痛めつける言葉でも捜していたのかもしれない。あるいはまた、私を仮面代りにして、別の人間に変ろうとしていたのかもしれない。それとも、己れを私のなかへ埋没させて、消し去ろうとしていたのだろうか。だが私には、凄い剣幕で怒鳴りつけてやりたい日々も、そのずっと前に過した丘の上の実家での煌くような日々も、埋め尽くすことはできなかった。もしかすると彼は、私が顔の外へはみ出して、背中で威勢よく跳ねる無頼の緋鯉や、左の脇腹の古い刺し傷を覆い隠すことに期待していたのだろうか。

彼はきょう、家のまわりの雪をかき、ヒガラの群れに残飯をやり、密猟者のトラ挟みに掛かって死んでいた狸を懇ろに葬り、そして風呂へ入る直前に私に厭気がさし、剃刀をまるで匕首のようにして研ぎ始めた。
(1・23・月)

丸山健二×ガジェット通信

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