漫画家『佐藤秀峰』にきく「前例なき大ヒット漫画の二次使用フリー化に挑む理由」

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佐藤秀峰氏

漫画家の佐藤秀峰氏がまた面白い試みをおこなうという。なんと今度は大ヒット漫画「ブラックジャックによろしく」を「二次使用フリー」にするそうだ。
サイトからダウンロードしたものをコピーしても友達にばら撒いてもよし、改変したり二次創作を行うもよし、さらにはそれらを販売して勝手に儲けてもいいらしい。
なぜ今こういう試みをやろうと考えたのか。佐藤秀峰氏に時間をいただき、直接話をきいてきた。
(ききて:中島麻美)

著作権ビジネスへの疑問

「著作権で収入を得る、という今のやり方は、もう時代に合わなくなってきているんじゃないかな、というのは肌で感じています。著作権でお金を得るビジネスモデルとは別の方法を試していかないと」

漫画家・佐藤秀峰さんは静かな口調で話し始めた。

この9月15日に、佐藤さんは漫画「ブラックジャックによろしく」の作品の二次使用に関する許諾フリー化を正式に宣言し、二次使用に関するガイドラインを合わせて発表する。

同日には「ブラックジャックによろしく」原画展を中野ブロードウェイ内の「pixiv zingaro」で開催、会場内にはコピー機を置き、自由にコミック本データをコピーすることができるスペースを設けるのだという。

『ブラックジャックによろしく』1話より

※作品の二次使用とは
著作権法を読んでみると、「作品の二次使用」とは、一つの作品を、内容を損ねないようにドラマや映画や演劇などにアレンジすることを言う。
二次使用に際しては、作品の原作者に対して必ず許諾を求める必要がある(著作権法二十八条)。

「作品の二次使用」は、原作者にとっては大きな経済的メリットとなることが多い。
通常、ドラマ化や映画化などにあたっては、原作者に対して「二次使用料」が支払われ、また放映されることが広報宣伝効果となり、
作品の売上にも連動することが多いためだ。

今回、佐藤さんが二次使用を自由化すると宣言した「ブラックジャックによろしく」は全13巻で1400万部を超える売上を記録した作品。

その内容のすべて知らなくても大抵の人は題名ぐらいは知っているというほどのビッグタイトルだ。

なぜ二次使用フリー化をするのだろうか。

「漫画家は新作を描き続けてなんぼ。旧作品は眠らせていても一円にもならないですよ」と佐藤さんはすっぱり言う。

佐藤秀峰氏 と ききての中島麻美さん

1000万部売れた作品でも重版がかからない漫画出版の現状

「『ブラよろ』の場合、端的に言うと、<販売1000万部突破>という枕詞は、お金の面でも作品にとっても、いまとなってはそれほど意味が無いんです。最終巻が出版されたのが2006年ですが、それから一度も重版もかかっていませんから、印税は一円も発生していません。書店に行っても本はおいてないし、アマゾンでも新刊は品切れ。それなら、どんどん二次使用してもらえばいいと思ったんです」

本作品の二次使用を自由化するにあたっては、すべての権利関係を一旦佐藤さんの手元に取り戻す必要があった。

「調べてみると、講談社との間に結ばれていた出版権が10年間の契約となっていて、一部の巻はまだ契約が残っていました」

出版権とは、著作権法で定められている権利で、作品を独占的に出版することが出来る権利の許諾関係に関する取り決めのことをいう。

佐藤さんは講談社に対して出版権契約を破棄して欲しいという申し入れを行い、講談社はこれを受け入れた。

「こうして講談社との出版権も解消されたので、英語翻訳版の完成のタイミングに合わせて、二次使用フリー化を発表しました」

佐藤さんは、本作品をめぐって当初の版元の講談社との間で幾つかの深刻なトラブルを経験している。

この経緯については佐藤さん自身が著書『漫画貧乏』やTwitter等で記しているが、そのひとつがまさしく「作品の二次使用」に関する問題だった。

かつて佐藤さんと講談社の間になんの取り決めも交わされていないのに、講談社がTBSとの間で勝手にドラマ化の契約を行ったことがある。

この契約が不当なものであると弁護士を通じて交渉、1年9ヶ月間の交渉期間を経て、2011年に講談社は和解に応じた。

ドラマの再放送に関しても、二次使用に関する管理委託契約を結んでいない講談社が、佐藤さんに無断でTBSに許可を与えてしまい、そのことで再び佐藤さんが抗議をする、という経緯もあった。

そんなかつてのトラブルを経験した佐藤さんだが、今回「ブラックジャックによろしく」の二次使用を自由化すると宣言した。

二次使用に当たっては、事前の連絡も必要なく、使用料の支払いも必要ないという。これまであまり例を見ない試みだ。

「意外だったことといえば、発表後、『二次使用を予定しているが、使用料を少し払わせて欲しい。そのかわり<佐藤秀峰公認>の二次使用作品だということがわかるようなお墨付きをくれないか』という問い合わせが結構きたことかなぁ。『フリー版』と『公認版』が並んでいたら、公認版の方を手に取るのが消費者心理なのかもしれませんね。そういう意味では<公認>に対して金を払いたいという問い合わせには理解できるものがあったけど、一つの試みとして、すべての二次使用を自由にしてみたいので、お断りしました」

ただし、「ハンコ」は作ったのだという。

「いいね!ボタン的な意味合いのハンコです(笑)。二次使用ガイドラインには、事前連絡はいらないけど、二次作品を作ったら事後報告を出来ればして欲しいということを書いているので、送ってくれたものに関して、良いモノには、ハンコをポンと押そうかな」

佐藤秀峰氏がつくった「ハンコ」

ほんとうになにをやっても自由なの?

出来ればやらないでほしい二次使用の例などは想定しているのだろうか。

「どのような改変、二次使用も自由ですが、僕が言ってもいないし描いてもいないことを、僕が実際にそう描いたものであるかのように吹聴するのはやめてほしい、というぐらいかなぁ。例えば、吹き出しの中の台詞を差別的な発言に書き換えて利用するのはいいけど、『佐藤秀峰がこんな差別的なことを言っていますよ』と言いふらすのはダメ。事実ではないですし、名誉毀損になってしまいますから。自己責任でやってくださいね、ということで。あとはほんと、Tシャツを作ってもらってもいいし、これまで出版権を持っていた講談社さんが勝手に二次使用してくれてもかまいません(笑)。エロ本にしてもらってもいい」

なんとエロ本もOKなのだそうだ。二次使用作品にアダルト作品が乱立した場合、作品そのものの価値を損ねることにならないのだろうか。

「僕はそうは思いません。『これはパロディなんだ』、ということぐらいは読者にもわかるでしょう。むしろ僕がこれまでに正式に二次使用を許諾している作品(テレビドラマ、映画など)で、僕の作品作りのスタンスとあまりにかけ離れている表現があるとちょっとモヤモヤしますかね。テロップに「原作 佐藤秀峰」と出てきたら、そのドラマの表現を僕が認めているように受け取られてしまう気がすると言うか。でも、モヤモヤするだけで、現場にうるさく言ったことはありません。許諾した以上、口は挟まない主義です。今回は作品の二次利用について、僕が著作権を行使しないだけで、個別に許諾する訳ではないのでなんでもいいです。『ブラックジャックによろチクビ』みたいなタイトルのAVとか出てきたら笑えますよね(笑)。むしろ大歓迎」

佐藤秀峰氏

著作権ビジネス大国といえばアメリカ。また電子書籍先進国もアメリカだ。彼の国の出版事情で、参考にした例はあるのだろうか。

「無いですね。そもそもアメリカと日本じゃ、コミックの作られ方が全然違う。アメリカは漫画の著作権は原作者ではなく出版社にあるんです。全然参考にならない。だからそういったたぐいのビジネス書とかは一切読まないです。報道や、同業者の人たちからの話を総合すると、著作権の運用を厳格化する方向の話ばかり見聞きするので、それとは逆を試してみたらどうかという発想ですね」

自ら著作権の一部を放棄することになるのだが、それに関してはどう考えているのだろうか。

「放棄はしません。行使しないだけです。著作権ビジネスそのものが古いんじゃないかと思う。かといって、今すぐに別の方法を試すにはまだ時間も準備も必要で。だから、今は二次使用をまずフリーにして様子をみてみたい。現状、違法ダウンロードを厳罰化してみたり、作家やその周辺にいる出版社は、自分の権利を守ることで一生懸命ですよね。でも、多くの場合それがビジネスにはなっていない訳で、そのビジネスモデルは無駄じゃないかと思う。そもそも、書籍データのダウンロードなんか煩雑でめんどくさいだけですよ。常にハードディスクの空き容量を気にしたり、端末を買い替える度にデータの移行で時間を使ったり、ダウンロードってダサいです(笑)。だからその内だれもやらなくなるんじゃないかと思う。YouTubeみたいにストリーミングで好きな本を検索して読むようになるんじゃないですかね? 今でも検索すれば、無料で読めるものがいっぱい転がってるんだから、お金をとる意味はなくなっていくんじゃないかな。漫画もそうなって行くと思う。もっと別の方法を模索しないと」

『ブラよろ』二次使用フリー化によって、金銭的なメリットは見込んでいるのだろうか。

「今はまだそういうところまでは考えてません。今回の成果を踏まえて、今後の試みにつなげていけたらと思っています。現在連載している『特攻の島』は通常の著作権に対する考え方の枠組みのなかで作品を完結させようと思っていますが、次作で、新しい試みができないかなと思っています。」

新たな作品を生み出し続けるエネルギーと発想力が今の佐藤さんの試みを支えている。

「漫画家は描いてナンボですよ」という冒頭の言葉に、佐藤さんの漫画家としての矜持を感じた。

佐藤秀峰氏

佐藤秀峰(さとうしゅうほう) 漫画家
1973年生まれ。北海道出身。代表作『海猿』『ブラックジャックによろしく』など。現在『特攻の島』(週刊漫画TIMES)連載中。有限会社佐藤漫画製作所代表。オンラインコミックサイト「漫画
on Web」をオープンし漫画発表のプラットフォームを提供すると共に自身もネットでの作品公開を積極的に展開している。
漫画 on Web http://mangaonweb.com/
Twitter https://twitter.com/shuhosato [リンク]

ききて:
中島麻美(なかしまあさみ) 編集者・記者・作家
1977年生まれ埼玉県育ち。出版社の編集者であり記者。2011年、日本ねじ工業協会「ねじエッセイ・小論文コンテスト」で、B部門最優秀賞を受賞。NHK「視点・論点」に「ねじ」というテーマで出演する。http://goo.gl/K8m5Y [リンク]
ガジェット通信では「レシピ+お話」という形式の連載やインタビュー記事を執筆。著書に「ガムテープでつくるバッグの本」があり「ガムテバッグの人」としてもメディアに登場している。
Twitter https://twitter.com/aknmssm [リンク]
Facebook http://www.facebook.com/nakashimaasami [リンク]

中島麻美

[編集と写真:深水英一郎]

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中島麻実

お米料理が好きな中島麻美です。 チャーハン、まぜごはん、どんぶり、たきこみごはんにお世話になっています。 酒のつまみは唐揚げが好きです。定食はとんかつが好きです。 出版社でOLしています。仕事柄会食が多いです。 2口ガスコンロ、2畳足らずの狭いキッチンからお届けします(・∀・)

ウェブサイト: http://www.facebook.com/nakashimaasami

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