「原発作業員の現実をもっと知るべき」 フォトジャーナリスト、小原一真さん<「どうする?原発」インタビュー第11回>
3.11から1年半。福島第一原子力発電所では、大勢の人たちが厳しい環境下で作業を続けている。しかし、私たちの生活を支えてくれているはずの彼らの素顔は、まったく見えない。そんな原発作業員のポートレートを撮影している若きフォトジャーナリストがいる。小原一真さん、26歳。被災地を取材している中、福島第一原発の作業員と出会い、撮影を始めた。小原さんのカメラのレンズには、何が写っているのだろうか――
・特集「どうする?原発」
http://ch.nicovideo.jp/channel/genpatsu
■高線量の部屋で休憩する作業員
昨年8月、小原さんは作業員にまじり、福島第一原発へ入った。ジャーナリストであれば心惹かれるであろう、原発内部の取材が目的ではない。「作業員の人たちがどんな状況で働いているのか。彼らに近い体験をしたい」。その一心だった。作業員の人が休憩を取る「免震重要棟」に入ってすぐ、線量計がたてるアラート音に驚いた。
「線量の高いところなんだと思いました。部屋には16マイクロシーベルトとか、18マイクロシーベルトとか貼り紙がしてある。そういうところで、作業員はマスク外して、食事をしたり、仮眠を取ったりしている。それが衝撃だった」
この日は6時間の滞在だったが、作業員を取り巻く過酷な環境は十分に体感できた。小原さんが作業員に初めて出会ったのは、2011年7月、震災後の福島に初めて取材で訪れた時だった。震災前から原発の取材はしていたが、そこで働く人にまで、意識が向いていなかったという。
「その人は、福島の被災者でした。当時、緊急時避難準備区域に住んでいました。避難するか、残るか、宙ぶらりんの状態に置かれていた。でも彼は、幼くして亡くしたお嬢さんのお墓のそばにいるため、福島に残る決断をした。しかし、仕事を失ってしまったために、やむを得ず広野火力発電所の復旧作業や福島第一原発の収束の作業をしている人でした」
被害者なのに、加害者のもとで働く。そんな状況が、福島第一原発では起きていた。
「被害者感情としてありえないですよね。彼には、そういうものに対する怒りがありました。それから、一番印象的だったのは、『僕は作業員の人たちを英雄だと思う』と言っていたこと。見方はいろいろあるでしょうけれど、彼らの仕事が、今の自分たちの生活、日本を支えているのは間違いない。レスキュー隊や自衛隊が表彰されて、作業員が表彰されないのはおかしい。ずっと現場にいるのに、自分たちは隠されているというフラストレーションが彼にはありました」
■麻痺してゆく内部被曝の恐怖
想像すらしていなかった作業員の思いは、小原さんを揺さぶった。
「初めて彼らの働きによって今、最悪の事態を免れているのだと実感しました。暴力団が作業員を派遣しているとか、そういう話も聞くけれど、個人個人の作業員の人物像は失われて、モヤに包まれた存在。原発の状況も気にしなければいけませんが、同じぐらい、作業員の人たちのことも見なければ。それをもっと明らかにしていくべきだと思いました」
作業員を表舞台に――。小原さんは、福島第一原発で働いている27人のポートレートを撮り始める。仕事を終えた夜など、彼らの空き時間に取材を重ねた。ただ、写真を撮るだけではない。その人がなぜ、原発で働いているのか。そんなバックグラウンドや心境もインタビューした。
「全員、働く理由は違いましたが、『日本のために』というのではなく、『家族のため』や『生活の糧のため』という人が圧倒的に多かった。震災以前から原発で働いていた人は、自分にしかない技術を持っていて、『他の人ができないのなら、自分がやらないと』と責任感から働いている人も、もちろんいます。人それぞれですね」
取材前は、年配の人たちが働いているイメージだったが、原発の現場で20歳に満たないような若い人たちを見かけ、気になっていた。「頬の赤い若者がいました。実際、取材できた作業員の中にも、18歳の人がいた。彼らは地元で仕事を失い、原発で働いていた。そういう状況はショックでした」
被曝についても尋ねた。震災前から働いているある作業員は、内部被曝を調べる「ホールボディカウンター」を受けてきた。以前は300cpm(1分あたりに検出された放射線量を示す単位)も検出されたらすぐに病院へ行けと言われていたが、今では1万cpmを超えても大丈夫とされてしまうという。
「自分の中では、危険だとわかっているけれど、感覚が麻痺してきている。そんな自分が怖いと思っている人たちがいました。逆に、事故後に働き始めた人は、基準値をよく知らない。25歳の作業員に内部被曝の値が問題ないか聞くと、その値の意味をネットで調べていた。自分の体がどういう状況にあるのか、詳しく説明されることもなく、そもそも詳細データを作業員自身が知らされていない。10代、20代の若者がそういう中で働いているのは非常に怖い話です」
福島第一原発のニュースは毎日のように流れている。しかし、作業員はそこに映っていない。顔も名前も出てこない。「作業員が危険から守られていない状況を作られたらまずい。原発に対するイエス、ノー以前に、彼らの存在に注視してほしい。ポートレートを撮影することは、その一歩として意義があるのではないかと思っています」
撮影された作業員の素顔は、事故からちょうど1年経った今年3月、「Reset Beyond Fukushima – 福島の彼方に」という写真集として、スイスの出版社から刊行された。一方で、東京、大阪、京都、パリと各地で写真展も開いている。その反響は大きい。
「みなさん、1時間2時間かけて熱心に見て頂いています。『作業員の方の健康状態が気になる』という声がすごく多いですね。『作業員の存在に想像が及んでなかった』という人や、『何かしたいけれど、何もできない』という人もいる。マスコミへの不信感も強いせいか、『続けてください』と言われます。 関西でサラリーマンをしていた事故当時、会社の決算期だったこともあったし、遠い分だけ、原発に思いをはせる人は多くなかった。どれだけ瓦礫や悲惨な映像があっても、人が媒介にならないと、アクションにつながらない。特に原発は他人事じゃなくて、自分の生活の表裏をなしている。作業員がどんな人で、どんな思いで働いているのか、僕らはもっと知るべきだと思う。原発と日常との距離感を近づけるためのポートレートです」
■懸念される原発作業員の人材確保
今、危惧しているのは、「これからどれだけ作業員を確保できるのか」という問題だ。「現在、東京電力は人員削減してますが、現場で働く作業員には被曝線量の限度がある。限度に近づいてきていても、だましだまし、仕事している状態です。原発事故の収束宣言を境に線量が格段に下がったわけではないし、事故以前の運用に戻そうとする中で、賃金問題を含め、労働環境が悪化している部分も多い」と指摘する。
事故から1年半経ても、作業員を守るための第三者機関がないことも、懸念のひとつだ。「原発を輸出するにしても、廃炉にするにしても、何十年もこれから先、人材の確保が必要になります。今、この状況下で若者、息子、孫の世代が原発産業に就職したいか、わからない。自分が実際に働かないにしても、もっと原発で働く人のことを考えるべきだと思います。作業員の安全な労働環境が確保できているか、いないか、ということは、私たちの生活が安全かそうでないかと同義なのです。そして、今も、これからも、被曝を強いられる作業員が必要なのです」
レンズを通して見たありのままを、小原さんは語る。
「事故以降、『原発を止めて、自然エネルギーに変えればいい』『廃炉産業にして雇用が確保できればいいじゃないか』と声高に叫ぶ声を耳にしましたが、もしそれだけで終わってしまうのなら、それは都市の論理にすぎません。エネルギーが原子力から別のものにシフトしただけで、事故以前のように地方の人間が被曝作業を強いられる構造は何も変わらない。原発の問題はもっと根本的な、日本の社会構造に関わる問題です。 僕たちは正しく価値判断ができる情報を、どれだけ得られているのかも疑問です。20キロ圏内の映像を始め、福島の状況をほとんど知ることができない。情報が偏っている中で、福島の中と外、県内でさえ分断が起きている。『なぜ避難しないのか』という質問が1年半経っても出てくるのは、福島の複雑な状況が伝わっていないことの表れだと思います」
最近、福島の子供たちのポートレートを撮影し始めた。作業員と同じように、彼らもまた、どんなことを感じているのか、見えにくいと考えたからだ。「横並びの報道ではなく、バランスがあって、見えてくるものがあります。そんな土壌づくりをみんながやっていくべきだと思っています」
■小原一真(おばら・かずま)
1985年、岩手県生まれ。KEYSTONE(スイス)パートナーフォトグラファー。宇都宮大学国際学部で産業社会学を専攻、金融機関で働きながら「DAYS JAPAN」フォトジャーナリスト学校で写真を学ぶ。東日本大震災をきっかけに独立。以来、被災地を続けている。写真集「Reset Beyond Fukushima – 福島の彼方に」を刊行、2012年10月2日から28日までリバティー大阪で写真展を開催予定。
◇関連サイト
・特集「どうする?原発」
http://ch.nicovideo.jp/channel/genpatsu
・KAZUMA OBARA – 公式サイト
http://kazumaobara.com/
(猪谷千香)
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