低線量被曝の検証はなぜ難しいか
今回は偽装科学ニュースのメカAGさんの記事からご寄稿いただきました。
低線量被曝の検証はなぜ難しいか
池田信夫 blog : 低線量被曝で発癌率は下がる – ライブドアブログ
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51808436.html
また池田信夫氏がホルミシス説が正しい「動かぬ証拠」を持ちだしてきている。だいたいこれらの「証拠」はとっくに検討が済んでいて、それを踏まえた上でLNT説が妥当であるというのが、現代の科学の立場。
池田信夫氏の問題は自分に有利な文献しか(たぶん)読まないこと。真摯な真理の探求を行いたいなら、むしろ反対の立場の研究データこそ読むべきなのだが…。
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まあそれはいいとして、池田信夫氏が、というかT.D.Luckey氏が提示しているデータとそのグラフだけを見れば、閾値説やホルミシス説が正しいことは明白であり、こうしたデータを無視してLNT説をかたくなに主張する主流の研究者こそ、科学的真摯さに欠けるのではないか、と思う人も多いだろう。
よく疑似科学など妙な学説を主張する論者は「こんな明らかな証拠があるのに、主流派の研究者は無視してるんです」と、大衆に訴えかける。実際提示された証拠はその論者の主張が疑いなく正しいことを示しているように見える。実にシンプルだ。
シンプル…ここに落とし穴がある。その道のプロである研究者がそんなシンプルな証拠を無視したり見落としたりするだろうか?逆なのだ。話は全然シンプルではない。複雑な背景がある。
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ちょっと話は変わるが、「邪馬台国」をどう読むか?多くの人が「やまたいこく」と読むのではないだろうか。しかしむかしはむしろ「邪馬台国」と書いて「やまとこく」と読むのが一般的だった。「やまたいこく」と読むべきと主張が登場したのは江戸時代以降だし、さらに一般に普及したのは皇国史観の反動の戦後だろう。
「台」の字は「たい」としか発音せず「と」とは発音しない。それをあえて「と」と読ませるのは、邪馬台国と大和朝廷を強引に結びつけるためだ。大和朝廷が自ら出自を権威つけようと、中国の歴史書に載っている邪馬台国を大和に結びつけたのだ。そういう主張がある。一見理にかなっているようにも見える。
ところが「と」と読むそれなりの根拠もあるのだ。普通「台」と書かれるこの字は「臺」だ。そしてこの「臺」と中国の発音が同じである「苔」は万葉仮名で日本語の「と」の音を表記するのに使われている。万葉仮名は(ひらがなができる前に)漢字の音で日本語を表記したものだから、中国語の発音が同じ漢字ならば、日本語の音を表記する時も同じであろう。
ちなみに万葉仮名で「やまと」は「夜摩苔」「夜麻登」「揶莽等」などと表記される。「苔」という字はもともと中国の上古音では「たん(ぐ)」のような発音だった。「登」は「とん(ぐ)」。それが中国側の発音が変化した。中古音では「苔」は「だい」と発音されるようになった。したがって古代「苔」の中国の発音は日本語の「だ」に近かった。
というように「台」の文字は「たい」としか読まない、というシンプルな話ではないのだ。素人でもわかる簡単な話ではなく、素人には想像もつかない複雑な話なのだ。
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ホルミシスの話に戻る。ひところ原発作業者の統計をとったところ、一般の人よりも肺癌になる確率がわずかに高いという結果が出たことがある。ところがその後原発作業者の喫煙率を合わせて調べたところ一般人よりも高かった。喫煙率で補正を行ったところ、差はでなくなった。つまり最初の研究で原発作業者に肺癌が多いという結果がでたのは、放射線のせいではなく、タバコのせいだったことになる。
自然放射線が高い地域でダウン症の出産率が高いという結果が出たこともある。これもその後その地域の高齢出産率が高いことが分かった。高齢出産になるとダウン症の出産率は上昇する。それを補正すると、差は消えてしまった。
つまりこの手の統計は単純に発癌率だけを比べたのでは正しい結果にならないのだ。浴びた放射線の量の違い以外にもさまざまな違いがあるかもしれない。それが喫煙率だったり高齢出産率だったり、あるいはまだ誰も気づいていない原因もあるかもしれない。
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上記は、放射線の害があった→よく調べたらそれは放射線の害ではなく他の原因だったというパターンだが、理屈の上では逆のパターンもあるかもしれない。ホルミシス(放射線は人体に良い)は、その(放射線とは違う)何らかの要因を計測している可能性がある。
放射性物質であるラドンは肺癌の原因と考えられ、屋内のラドン濃度と肺癌死亡率の関係が古くから調べられてきた。アメリカの1729の郡のラドン濃度と肺癌死亡率の相関を調べると不思議な事にマイナスになる。これはラドン濃度が高いほうが肺癌になりにくいことを示している。これはホルミシス説の有力な証拠とされている。
しかし当然のことながらそれに批判もある。肺癌の原因は何よりタバコによるものが大きい。したがって各郡の喫煙率で補正しなければ正しい傾向はわからないというものだ。ラドン濃度が極めて高い地域というのは人口の少ない郊外が多い。ラドン濃度が低い都市部の人間がたくさんタバコを吸うなら、結果的にラドン濃度が低いほうが(タバコにより)肺癌になる人が多いハズという理屈だ。
ただ喫煙率で補正しても傾向は変わらない。まあ補正の仕方が妥当かというのもあるが、他の原因も考えられる。タバコを吸う人間は換気のために頻繁に窓を開けるだろう。室内の換気をすれば室内のラドン濃度も下がる。郡のラドン濃度ではなく、各家庭のラドン濃度と肺癌死亡率の相関をとらなければ、正しい結果にならないのではないか。たださらにこれに対する批判もある。そうした影響をかなり大きく見積もっても、依然として全体の相関を逆転させるほどではない、と。
そもそも環境の違いもあるだろう。ラドン濃度が低い地域というのは都市部が多くさまざまな環境があまり良くない。一方ラドン濃度が高い地域というのは田舎であり、化学物質による影響が少ないのではないか。また人が室内で過ごす時間にも差があるかもしれない。
ラドン濃度が高い地域というのは相対的に数が少ない点も気になる。サンプルが少なければそれだけ誤差が多くなる。これは核兵器工場の作業員でも被曝と癌の死亡率の相関がマイナスになることとも関連しているように思う。被曝量の高い人間というのは少ないのだ。ただ誤差の範囲を考慮してもマイナスの相関は変わらないのが、問題の混迷を深めている。
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結局良く分らないのだ。ラドンの放射線の影響によって肺癌が「減」っているのか、ラドン濃度が高い地域に共通するラドン以外の要素によって、肺癌が減っているのか。核兵器工場の作業員についても被曝量が多い作業員に共通する被曝以外の要素があるかもしれない。そうした補正しきれない他の別な原因で、そういった傾向が現れているのか、判然としない。
したがって上記のラドンと肺癌の相関の研究結果は一般に、それだけでは閾値説の証明やLNT説の否定にはなっていないという判断に落ち着いている。閾値説が成り立つかもしれないが、成り立っているという証明には不十分である、と。
まあこれが閾値説やホルミシス説を主張する人々には不満なのだろう。証拠があるのに無視されている、と。しかし上述のように単純に無視されているわけではない。閾値説(やホルミシス説)によって上記のようなラドンと肺癌のマイナスの相関が生じている可能性もあるが、他の理由の可能性もある。これだけでは確定できないということ。
これは単に証拠の数を増やせばいいというものではない。池田信夫は何かとホルミシス説を支持する論文がこんなにあるというが、数だけあっても意味がない。UFOの写真がいくらたくさんあってもUFOがいる証拠にならないのと同じ。
もっと明確に「放射線のホルミシス効果によるものとしか考えられない」という研究結果が必要なのだ。しかし人間を実験室のビーカーに閉じ込めるわけにはいかないから、放射線以外のさまざまな原因の可能性を排除することが難しい。補正を行なってもその補正で十分なのかもわからない。
かといって放射線の影響だけが突出して現れるほど、強い放射線の下で比較してしまうと、もはや「低線量」ではなくなってしまう。その領域では明らかに放射線は人体に有害である。結局のところこのジレンマは放射線の影響が、それ以外の影響と十分に区別できない領域(低線量)の逃れられない宿命ともいえる。
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疑似科学の中には、ノイズと区別がつかない現象がわりと多い。常温核融合というジャンルがある。一般に核融合は非常に高い温度でないと起こらないが、化学反応レベルの温度でも起きるという主張だ。1980年代に脚光を浴びたが結局は間違いだった。そういえば最近の話ではニュートリノが光速を越えたという話題があったがこれも実験のミスだった。
現在も常温核融合の研究をしている人々がいて、常温核融合が起きたと主張する研究もある。生じたエネルギーが計算と一致しない、と。ただこれも微妙な量であり、おそらく試料に含まれるあるいは器具に付着した不純物の分であろう。
疑似科学はノイズすれすれの領域に現れる。ホルミシスもその可能性が高いと思うのだけどね。なんにせよ、理由もなしに「ホルミシスの証拠」が無視されているわけではないのは確か。専門家というのはむしろ常人が呆れるほど手間ひまかけるものだ。
UFOや幽霊はいるともいないとも証明できない。だから素人は魅力を感じる。専門家同士では決着がつかないから、素人が口を出す余地があると思うのだろう。ホルミシスに魅力を感じるのも同じであろう。
執筆: この記事は偽装科学ニュースのメカAGさんの記事からご寄稿いただきました。
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