『千日の瑠璃』112日目——私は老衰だ。(丸山健二小説連載)
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私は老衰だ。
強力な寒気団を後ろ盾にしてまほろ町の年寄り連中に迫り、脅かす老衰だ。私は懸河の弁を振るってすべてを諦めるよう、寝そびれた老人たちを言い含める。在りもしない何かを求めて各地を浮浪する夢などいい加減に棄てたらどうだ、と言い、いたいけ盛りの孫の七五三の祝いの品を見繕うためにわざわざ遠出をするな、と言い、つまらぬことに勿体をつけたり、脈絡が一貫しない話や冗漫に失する話を繰り返したりするな、と言ってやる。
私は更にまくしたてる。友と呑み明かしたのも、後進を誘掖したのも、長生きのための良法を編み出したのも、またとないようなうまい儲け口を見つけたのも、手に負えそうにない仕事を遣り遂げたのも、応分の寄付をしたのも、部下の尻拭いをしたのも、いくらかでも容姿に自信があったのも、努めて若やかに振る舞えたのも、目の敵にするほどの相手がいたのも、何なのかわからない何かを心待ちにできたのも、家族ひとりひとりの心情を察することができたのも、大いに手腕を振るってさまざまな難関を次々に突破できたのも、世の視聴を集める事変に巻きこまれたのも、失言を素早く言い繕えたのも、天からの確答を得たような錯覚を味わえたのも、すでにむかしのことだ、と言う。そして私が結論を出そうとしたその矢先に、少年世一のオオルリが、張りのある声でこう叫ぶ。強い心組みで死に臨め、と。そのひと言を以て瞑すべしだ。
(1・20・金)
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