『千日の瑠璃』111日目——私は檻だ。(丸山健二小説連載)
私は檻だ。
鉄材とセメントを結びつけて然るべく造られ、人間とそうでない物の領域をきっちりと隔てる、頑丈な檻だ。町営動物園の私のなかで生まれて育ったキリンは今、裸電球のほどよい光の下で、暖房機に最も近い鉄格子の方へ巨躯を寄せている。舞台女優並みの派手な瞬きをもの憂げにつづけ、ふざけ切った形の口をもごもごさせながら、己れの身の上を決して悲観せず、時間を時間とも思わないで、ゆったりとくつろいでいる。
ずっしりと重そうな堂々たるふぐりは、地球の引力に負けないで、ばんと張っている。躯の割に小さな脳をいっぱいに満たしている混じりけのない充足は、まほろ町で暮らすには長過ぎるかもしれぬ首を通って、四肢やしっぽの先まで行き渡っている。キリンは私無しでもキリンだが、私はキリン無しでは私ではない。私は他の動物のサイズには絶対に合わない。私はキリンの引き立て役だ。
だが少年世一だけは、キリンではなくて、この私に興味を持っている。一度でいいから私のなかへ入ってみたいと願っている。世一がこっちへやってくる。するといつものように、飼育係であり、明達の人であり、日一日と老いている男が、「なにを酔狂な!」と叫んで世一を抱きとめる。そのあとの言葉も、いつもと同じだ。「それでなくてもおまえは病気に閉じこめられているんだ」と言い、「生きてはその檻から出られんぞ」と言う。
(1・19・木)
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