『千日の瑠璃』110日目——私は敵意だ。(丸山健二小説連載)
私は敵意だ。
人っこひとり通らない深夜、殺伐とした寒気団といっしょにしずしずとまほろ町へ入ってきた、敵意だ。そして私は、濃いフィルター付きの窓に囲まれたワゴン車のなかから、物怖じとは無縁な、いやに場馴れした連中によって、完成してまもない三階建ての黒いビルへ放たれる。しかし、鋼鉄製の反社会的な扉や、非常識なほど厚いコンクリート壁や、影のみを吸収する特殊な板ガラスによって、実に呆気なく跳ね返されてしまう。
私が支えている男たちは、闇に劣らないような暗い声で、それぞれの感想を述べ合う。思いのほか厳重だ。思いのほか資金は潤沢だ。思いのほか手強そうだ。ついでかれらは、何か良策はないかと悪知恵を働かせる。何も浮かばなかったかれらは、クルマの向きを変え、私を置き去りにして、静かにまほろ町を出て行く。そのあとを黒いビルに備え付けられた二台の防犯用テレビカメラが追っている。
身の置きどころをなくした私は、路上に横たわったまま急速に凍てついてゆく。向うからやってくるのは、普通とは言い難い誰かだ。私は彼に拾ってもらおうと、懸命に縋りつく。ところが、青々としたその少年にはつけ入る隙がまるでなく、胸のうちにも潜りこめる余地がない。「おまえはそれでも人聞か」と私は悪態をつく。少年は雪と同じ色の息を吐き散らしながら、手と足をもつれさせるだけもつれさせて、街灯を縫って去って行く。
(1・18・水)
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