『千日の瑠璃』109日目——私は桟橋だ。(丸山健二小説連載)
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私は桟橋だ。
うたかた湖の南の岸から北の沖へ向って、もしかすると来世へ向って延びているかもしれない、長い桟橋だ。私は古く、すでに朽ちかけている。今度まとまった雪が降ったら、たぶん杭の何本かがぽっきり折れてしまうだろう。そして、波の荒い日に板が一枚ずつ剥がれてしまうだろう。助かる道はただひとつ、湖が全面結氷することだが、今のところその見込みはない。次の寒波が待ち遠しい。
風と波をまともに受けて、私はのべつ軋んでいる。その破局の音を嫌って、白鳥たちは近寄ろうとしない。だが、うたかた湖を熟知している少年世一は、ためらいもしないで私の上に飛び移り、危なっかしい足取りで突端まで進み出る。彼は陶酔の面持ちで、今を吹く風の精髄をしっかりとつかみ、物怖じせずに隙のない意見を述べる波に耳を傾ける。私は世一のために、杭一本、板一枚に至るまで緊張させて踏ん張り、成長の盛りにある年齢なのに、減ることはあっても決して増えない悲しい体重を支える。うたかた湖の主の巨鯉が人の尤なるものと認めている世一を、こんなところで死なせるわけにはゆかないのだ。
こっちへ向って真っしぐらに突き進んでくるのは、あの無人のボートだ。奴は昼間から世一を狙っている。世一を水死させて、魂をどこかへ運びたがっている。私にぶつかりたいのだろうが、しかし風がやんで、それ以上こっちへ近づくことはできない。
(1・17・火)
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