『千日の瑠璃』108日目——私は十字路だ。(丸山健二小説連載)
私は十字路だ。
まほろ町の中心部をなし、のべつ道普請の対象にされ、正しく東西南北を指し示す十字路だ。気圧の関係で夜が深まってから気温が四度も上昇し、雪が融け始める。そして、人や犬が私の上に残した、死んではいない証しの足跡も、次第に形を崩してゆく。水蒸気は霧となって町中を覆い、灯りという灯りを滲ませ、解決の決め手がないさまざまな問題をうやむやにし、住民たちのささやかな昏迷をともかく明日へと持ち越してしまう。
やがて、霧のなかを泳ぐようにして北の方から現われたのは、少年世一だ。南の方からは、黒いむく犬を連れた、よんどころない事情で小説家になった男がやってくる。また、西の通りからは《肯定》が悠然と近づき、東の通りからは物知り顔の《否定》が迫ってくる。四者は、私のちょうど真ん中でかち合う。むく犬は世一に敵意を示すが、飼い主はさばけた人物を気取って、偽りの好意を示す。訊かれたわけでもないのに、小説家は弁解がましい口調で、こう言う。「何もつけ回しているわけじゃあないんだよ」と。
しかし世一はくしゃみをしただけで何も言わず、足元に絡み合ったままころがっている肯定と否定をひとまたぎにして、ふたたび歩き出し、行きたいと思う方へ、倒れないのが不思議なほど不安定な足の運びで去って行く。小説家とむく犬はばか面をして佇み、寂寞を破る世一の口笛にいつまでも聞き惚れている。
(1・16・月)
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