『千日の瑠璃』102日目——私は洗濯物だ。(丸山健二小説連載)

 

私は洗濯物だ。

零下六度の風に吹き晒されてがちがちに凍りつき、却って生々しい形になってしまった、丘の上の洗濯物だ。午前中はいくらか日が照って乾きかけたのだが、午後になると小雪がぱらついて、私はふたたび強張った。二本の楓の幹と幹を結ぶナイロンロープに私を吊るすときに、世一の母はこう言った。「町中に住んでいたら、こんなぼろなんかとても外へ干せたもんじゃないよ」と。

仕事の再開を告げる町工場のサイレンがまほろ町の空を震わせると、世一が家から出てきた。弁当を手にしてこっちへやってきた。ごくたまにだが、世一にはオオルリだけを相手に昼食をとれない日があった。きょうがそれだった。私の真下の雪の上にじかに腰をおろした世一は、かじかむ手に息を吹きかけながら、貝の佃煮と梅干しだけのおかずの弁当を食べ始めた。ときおり彼は、ごわごわに固まっている私を見ては、「少しは動いたらどうだ」と言った。そこで私は、「少しはじっとしていたらどうだ」と言い返した。彼は言った。「動かない奴は死んでる奴だ」と。私は言った。「動き過ぎる奴も生きているとは言えない」 と。

すると二階のオオルリが仲裁に入り、この丘に在るものなら何でも生きている、と言った。世一は黙って弁当を食べ終えると、私にちょっと手を触れてから、空っぽの弁当箱と冷え切った体を青い鳥が待つ家へ不器用に運んで行った。
(1・10・火)

丸山健二×ガジェット通信

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