『千日の瑠璃』93日目——私は門松だ。(丸山健二小説連載)

 

私は門松だ。

天皇が老衰で死にかけている、そんな理由で急遽飾り付けを中止された、六十九銀行の門松だ。まだ夜が明けやらぬうちに私は裏へ引きずられて行き、ダンボールの空箱の山へと放り出されてしまった。かくも心ない仕打ちを受けて、しばらくのあいだ私は茫然自失の体で惨めな時を過した。広く流れる民主主義の誤聞、その二つ三つがまほろ町を駆け抜けて行った。そして急に、あの戦争について言い渋る気配が色濃くなった。

まもなく元気を取り戻した私は、痛憤し、瞋恚の炎を燃やした。「こんなことってあるか」と怒鳴り、ダンボールの空箱に、「おまえらもそれでいいのか?」と訊いた。しかし作られたときから身のほどを弁え過ぎるくらい弁えている従順なかれらは、皆黙りこくって、消耗品の身の上を甘受していた。私は腹の虫がおさまらず、尚もわめき散らした。自分はこれからも生きてゆかなくてはならぬ人々を祝うためにあり、だから、よしんば相手がどこの誰であれ、死にゆく者にそれを妨げられる筋合いはない、と言った。

諦めかけた頃、お世辞にも晴れ着とはいえない、青と白で統一されてはいてもどこかちぐはぐな身なりの少年がやってきた。私は不自由な体の持ち主に何も期待しなかった。ところが彼は、私を抱くようにして銀行の正面玄関まで運び、元通りの位置に正しく置き直し、何も言わずに、春の方角へと立ち去った。
(1・1・日)

丸山健二×ガジェット通信

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