『千日の瑠璃』92日目——私は鐘だ。(丸山健二小説連載)

 

私は鐘だ。

無人の古寺にあって、あらかじめセットさえしておけば時間と回数を正確に守って鳴る、全自動の鐘だ。きょうの私はいつもと違い、午前零時ちょっと前に、除夜を告げんがために、重厚で厳めしい音をまほろ町へ送りこむ。しかし私の仕掛けがすっかりばれてしまっているために、粛として襟を正す者はいない。信心深い年寄りも、かなりさばけた男も、皆私を小ばかにしているのだ。

私は時計のように事務的に働きながら、むしろ住民たちの煩悩とやらを刺戟して、ありがたいはずの音を寒気団に空しく吸い取られてゆく。それでも、私の放つ重低音に共鳴する者がまったくいないというわけではない。この町では最も星に近い、風光絶佳の地に住む少年と、彼が友とする青い鳥が、たしかに私に反応している。少年の心の揺らぎが高まってひと粒の涙となり、オオルリは小首をかしげて「寂しい」と鳴く。

そんなかれらを不欄に思って、私は告白する。自分は所詮、柱時計と同様ただの機械でしかないのだから、ここはどうかひとつ軽く聞き流してくれ、と言う。そして一回余計に、つまり百と九つ目の音を、私自身の意志で、装置がぶっ壊れるのを覚悟のうえで、ごおおおん、と放つ。けれども数にこだわらないかれらには、私の意図を推し量ることなど到底できず、世一とオオルリの感動はそのまま次なる年へと静かに持ち越されてゆく。
(12・31・土)

丸山健二×ガジェット通信

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