『千日の瑠璃』76日目——私はボーナスだ。(丸山健二小説連載)

 

私はボーナスだ。

世一の父と世一の姉の心を去年と同じくらいに弾ませ、一年の疲れを癒す、暮れのボーナスだ。私は一旦世一の母の手に渡り、それから小銭に至るまできちんと炬燵の上に並べられた。丘を越えて行く季節風の吹き出しがかれらの家をがたがたと揺らし、オオルリを沈黙させた。ついで、私の使途についての、名ばかりの家族会議が聞かれた。妻は夫の「好きなようにしろ」のひと言を待って、すでに半年も前から立てていた細密な計画を、一方的に告げた。つまり、入用な経費を除いたすべてを定期預金に回す、それが彼女のうむを言わせぬ結論だった。

ところが、今年は異を唱える者が出た。長女が突然、七万円もする手造りの薪ストーブを買いたいと言い出したのだ。この冬は暖かく過したい、などと彼女は言い、すでに予約してしまった、と言った。そして、この買物はもしかすると自分にとって結婚資金をためることより意義があるかもしれない、とつけ加えた。母親は、石油ストーブで充分と言い、一体薪をどうやって手に入れるのかと訊いた。長女は言った。「薪なんかそのへんにいくらでもあるでしょ。世一に拾わせたらいいのよ」 と。「雪の下からどうやって拾うのよ、ばか」と母親。そのあともふたりは私を巡って長いことやり合った。しかし、父親は我関せずといった態度をとりつづけ、世一はというと、鼻息で私を吹き飛ばそうと頑張っていた。
(12・15・木)

丸山健二×ガジェット通信

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