『千日の瑠璃』70日目——私はかんざしだ。(丸山健二小説連載)

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私はかんざしだ。

老いた芸者の頭で気持ちよく揺れる、金と銀の小鳥をふんだんにちりばめた、ベっ甲のかんざしだ。無事に座敷を務めた彼女は、まほろ町の寂れた一角をめざして帰って行く。凍えた手に息を吹きかけるたびに、また、ひと足踏み出すたびに、私は十五羽の鳥を一斉にさえずらせる。金と銀が触れ合って立てる流麗な声は、彼女の皺だらけの額にくっきりと浮かびあがっている見事な痣に共鳴する。

飛んでいる鳥がぶつかってそのまま貼り付いたとしか思えぬほど生々しい形の痣のおかげで、彼女はその歳まで働くことができ、生活費の足しにするために私を売り払わなくてすんだのだ。客は皆、彼女の顔面を飛ぶ鳥と、彼女自身の創作によるあまりいい出来とはいえない烏の歌と鳥の舞いに祝儀をはずみ、次にもまた声をかけるのだった。

私が惜しげもなくばら撒くさえずりに誘われて、あの少年世一がどこからともなく現われる。「また見たいのかい」と芸者は言って、世一を街灯の下へ引っ張って行く。そして、私の鳥と額の烏を堪能するまで見せてやる。世一は「オオルリだあ」を繰り返す。すると芸者は「何だか知らんけど、この烏もいっしょに死んでくれるというからちっとも寂しくなんかないんだよ」と言う。それから彼女は電柱につかまり、弱った胃では消化できない物だけをどっと吐く。それでも世一は私の青々としたさえずりに聞き惚れている。
(12・9・金)

丸山健二×ガジェット通信

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