『千日の瑠璃』59日目——私は夜嵐だ。(丸山健二小説連載)

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私は夜嵐だ。

山国特有のめまぐるしい気圧の変化と激しい気温の落差によって、突如として生じた夜嵐だ。最新の天気情報でも予想し得なかった私は、手始めにうたかた湖を隅々まで波立たせ、ついで湖畔の木々をのたうちまわらせ、それから一気に町を襲う。街路樹にしぶとくしがみついていた枯れ葉を一枚残らず吹き飛ばし、死んだ枝を振り落とし、産院からほとばしる呱々の声を地面に叩きつけ、近日開店の運びとなった薬屋の看板を倒す。

しかし、それ以上の被害を与えることはできない。前触れのない私の来訪に驚いて眼を醒ました人やけものも、すぐにまた死に相当する深い眠りへと落ちてゆく。自信を失いかけた私は急いで丘を駆け上がり、残された力を全部少年世一の家に注ぎこむ。ぼろ家がぐらぐらと揺れる。世一は飛び起き、咄嗟に枕元の鳥籠を抱きしめる。鳥は怯えてばたばたと暴れる。私はここを先途と攻め立てる。すると世一は、オオルリを押し入れの奥へしまいこみ、窓をいっぱいに開け放ち、少年とは思えぬ形相で、私をはったと睨みつける。

そうやって私たちは、しばらくのあいだ対峙している。もはや世一はかつての世一ではない。私に威されたくらいで収拾がつかなくなるほど混乱するような意気地なしではなくなっている。世一の後ろ盾となっているのは、青い鳥だ。そいつが反撃のさえずりを以て世一を掩護する。私は気合い負けして退散する。
(11・28・月)

丸山健二×ガジェット通信

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