『千日の瑠璃』55日目——私はヘッドライトだ。(丸山健二小説連載)

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私はヘッドライトだ。

うわベはぽんこつ車でも、実はフルチューニングされた改造車のヘッドライトだ。私は強烈な光と凄じい速度で夜や分別を切り裂き、静まり返り体裁振ったまほろ町に痛烈な駁論を加える。そして私は、だしぬけに飛び出して路上の真ん中にうずくまってしまう猫を、タクシーと間違えて手を振って近づいてくる酔っ払いを、どこかに棄てるべく闇に乗じて犬の死骸を運んでいる父と子を、生乾きの女物の下着を勝手に取りこんでいる男を、性別すらわからなくなるほど老いた芸者を、また、このクルマをせかせかと操っている年配の男の悲劇をも、くっきりと照らし出す。

娘が首を括って以来屏息し、日に幾度となく机に突っ伏して泣く男は、歳にまったく似合わないクルマをあり金はたいて手に入れたのだ。彼は標識も信号も無視して飛ばしつづけ、一度もブレーキを掛けることなく、派手に後輪を滑らせて危険な角を曲り、曲るたびに現われては消え、消えては現われる、松の枝にぶら下がった娘の幻に向って、無茶な体当たりを敢行する。それも瞑目しながらだ。

やがて私は、こっちへぐんぐん迫ってくるうたかた湖のさざ波を照らしながら、最期の瞬間を覚倍する。彼は本気でやるつもりだ。漕ぎ手のいない古いボートが岸の方へ近づいている。そのとき、どこか烏に似た少年が前方を過る。急ブレーキが辛うじて間に合う。おかげで私は湖底を照らさずにすんだ。
(11・24・木)

丸山健二×ガジェット通信

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