通勤できない精神障がい者に、テレワークで広がる働く機会。在宅雇用支援サービスのいま

通勤できない精神障がい者に、テレワークで広がる働く機会。在宅雇用支援サービスのいま

日本では今、在宅で生活する障がい者約365万3000人のうち、雇用されている人は約56万人と約15%程度にとどまる(※)。またうまく就業につながっても、職場になじめなかったり、ストレスを抱えて離職してしまうケースも少なくないという。このような不均衡を解決すべく、障がい者の法定雇用率は段階的に引き上げられており、企業には障がい者雇用の拡大が求められている。とはいえ、障がい者雇用の経験が少なかったり、社内のバリアフリー状況も不十分だったりと、雇用したくてもどのようにしたらいいのか戸惑っている企業も多い。

テレワークに注目が集まり誰もが「職住融合」しつつある今。“働きたくても働けない”障がい者と、障がい者を雇いたいけれど雇えない企業、実は多くの人が知らないところで、両者を結びつける手段としてテレワークに注目が集まっている。テレワークの導入が障がい者雇用にもたらす変化とは何か。

身体障がい者に比べ約1/4にとどまる精神障がい者雇用の現状

障がい者を雇用する人数の割合を定めた「法定雇用率」。民間企業では2018年4月に2.0%から2.2%になり、今後も段階的な引き上げが予定されている。

また2018年4月からは、法定雇用率の算定式に精神障がい者が追加された。それまでの法定雇用率の考え方が、身体障がい者や知的障がい者だけを対象としていたのが、本改正以降は精神障がい者の雇用も含まれるようになったのだ。

2019年6月1日現在、障がい者の雇用状況は16年連続で過去最高を更新し、約56万人(※)。そのうち、法定雇用率目標の対象となる民間企業に雇用されている障がい者数と、障がい者の総数(以下カッコ内の数字※)を見ると、身体障がい者が約35.4万人(約436万人)、知的障がい者が約12.8万人(約108万2千人)、精神障がい者が約7.8万人(約419万3千人)となっており、後押しが後発でスタートした精神障がい者の雇用はまだまだ進んでいないことが分かる。適切な環境が整えば働ける精神障がい者は多いが、企業は「どんな仕事を任せられるのか?」「どうマネジメントしたら良いのか?」が分からず、その雇用を自力で進めにくい状況にあった。

そんな、障がい者を雇いたい企業と、働きたい障がい者をつなぐサービスを展開する企業が登場してきている。今回、お話を伺った株式会社D&Iもその一つ。なかでも在宅勤務による雇用に対し支援を打ち出している企業だ。お話を伺った株式会社D&I 管理本部長の谷口真市さん(撮影/片山貴博)

お話を伺った株式会社D&I 管理本部長の谷口真市さん(撮影/片山貴博)

働きたい”障がい者に対しては、D&Iが求人を紹介し、担当者が面接にも同席。入社後は、業務上のやり取りは、全て自社の在宅支援サポートシステムを通じて行われる。企業側と障がい者の間に入るため、雇用される側は「企業には直接聞きにくい」こともチャットで気軽に質問が可能。さらに毎月のWeb面談では、仕事上の悩みや体調面での不安などを担当者がヒアリングし解決方法を探ることで定着率向上にも取り組んでいる。

管理本部長の谷口真市さんは、このような支援サービスの存在意義について、次のように語る。

「将来的には、僕たちが間に入らずに企業と障がい者の方がスムーズにやり取りできればベストです。でも今は、ひとりひとりの障害に合わせてどんな仕事をお願いしたら良いのかが分からない企業がほとんど。障がい者雇用を促進するためには、当分は私たちがサポートする必要があると思っています」出典:D&Iホームページより。企業に対し、テレワークに必要な勤怠管理や業務状況把握、担当者とのコミュニケーションなどができるサポートツールを提供することで、雇用を受け入れる体制準備が簡単になる仕組みだ。

出典:D&Iホームページより。企業に対し、テレワークに必要な勤怠管理や業務状況把握、担当者とのコミュニケーションなどができるサポートツールを提供することで、雇用を受け入れる体制準備が簡単になる仕組みだ。

従来の求人では、障がい者雇用を増やせなかった

株式会社第一興商は、このサービスを通じて障がい者雇用を拡大した企業の1つだ。

第一興商は従来より、カラオケ店や飲食店の清掃業務など主に現場で障がい者を雇用していたが、2018年4月の法定雇用率引き上げをきっかけに、新たに12名の障がい者を雇用することとなった。

通勤を伴う業務は、それに対応できない人も多く、求人を出しても、新たな応募は増えなかった。「今までの延長線上で募集をしていても採用や定着の見込みは低い、そう思いながらさまざまなことを模索していました」と、同社で人事を担当する高木俊秀さんは語る。

高木さんたちがテレワークを前提とした障がい者雇用の検討を始めたのは、D&Iからの提案がきっかけだった。2019年春より、障がい者の大量募集に踏み切り、2020年3月時点で、新たに17名の障がい者雇用につながっている。

会社では初となる、テレワーク前提の障がい者雇用に向けて、社内ではそれなりの準備を要した。

「全社にテレワークについて説明し、それぞれの部署で、障がい者の方が自宅でできる業務についてアンケートを取りながら、まとめていきました。働き方にあった社内規則もD&Iに相談しながら整備し、受け入れ体制を整えていきました」(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「業務中の様子が見えないことへの心配はありました。でも、テレワーク専用システムにパソコンのスクリーンショットを確認できる機能がありますし、成果物もきちんと提出されます。何よりもよかったことは、障がい者の方たちが在宅で勤務できることに大きな喜びを感じていることです。成果物にも工夫を凝らすなど、前向きに行動いただいています」

また、いい意味で、”想像と違うこと”もあったそう。

「最初は『テレワーク導入は障がい者雇用のため』と思っていましたが、これをきっかけに、何かあった際には一般の社員も在宅勤務を可能にするなど、全社的に勤務体系を見直す発想にもつながりました」

「通勤がないなら、普通に働けるかもしれない」

一方、障がい者は、テレワークについてどのように感じているのだろうか。テレワークを始めたNさん(34歳)に話を聞いた。

東京都中野区の自宅で両親と同居するNさんは、不安障害を抱えている。今も不安や緊張を和らげる薬や睡眠薬を服用しており、第一興商で働き始めるまでは年金のみで暮らしていた。20代前半でわずかな期間経験した飲食店でのアルバイトを除けば、今回が初めての仕事だ。自宅で取材に応じてくれた、第一興商で在宅勤務をするNさん(撮影/片山貴博)

自宅で取材に応じてくれた、第一興商で在宅勤務をするNさん(撮影/片山貴博)

「中学生のときに学校に通えなくなってしまったんです。高校も大学も、それが原因で中退しました。定期的に同じところに通うのが私の不安障害の症状ではどうしても難しいんですね。だから、もし通勤しなくて良いのなら、自分でも普通に働けるかもしれないと思いました」

将来を考え、通い始めた就労支援施設でテレワークの存在を知った。ネットで見つけ自ら連絡を取り、紹介された第一興商で働き始めて半年が経つ。

Nさんの仕事は、同業他社のサイトを参照しながら、楽曲の種類や映像の差異を比較したり、カラオケ店に関するネット上の口コミを収集したりなどをエクセルにまとめる、マーケティング業務等の一部。勤務時間は朝10時から17時、休憩は1時間で週5日働く。初めての仕事の感想は?

「すごく自分に合っています。通勤による体への負担が少ないことや、一番気持ちが落ち着く。家にいることでいい意味で肩の力が抜けて、リラックスして働けるのがありがたい。辞めたいという気持ちには、全くならないですね」

また、「職に就いたことで自信にもつながった」と、Nさんは続ける。

「ずっと迷惑をかけてきた両親もすごく喜んでくれましたし、自分で働いた収入があることで、金銭的にも精神的にもだいぶ余裕が持てるようになりました。これからも続けていきたいです」

初めての会社勤めで不安もあるNさんだが、月に1度は、在宅支援ツールを使って、オンラインで体調や業務についてなどの面談を担当者と行っている。面談以外にも、有休申請のやり方や業務に関するちょっとした疑問なども、このオンラインを通じて行われており、言いにくいことや不安に思うことも遠慮なく話せるという。

通勤がない分、自分の時間もしっかりとれるため、生活への満足度は高い。今は体調も比較的落ち着いている。「お金が貯まったら、北海道に美味しいものでも食べに行ってみたいですね」と、Nさんは微笑む。今、自分がこのように働けていることを、1年前には想像もできなかったという。(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

谷口さんによると、Nさんのように家を出て通勤先に通うことや満員電車に乗ることができないことで、働けていない人はかなりの数、存在するそうだ。人の気配のある緊張感のある場所の方が働きやすい人もいれば、自宅のように、最も安らげる場所だからこそ働けるという人もいる。障がい者かそうでないかに関わらず、自身に合った働き方で収入を得たり、社会と関わりたいと思うのはすべての人の願いだ。テレワークという新しい手段が、閉ざされていた機会を創出し、さまざまな人が、持つ力を発揮できる社会へとつながっていくことに期待したい。

(注※)障がい者の数字は「令和元年障害者雇用状況の集計結果(厚生労働省)および「令和元年障害者白書(内閣府)」より
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