Can’t live without Books :Hara shobo(Jinbocho)/書店特集:原書房・原敏之 (東京・神保町)インタビュー
デジタル化によって多くの産業が変化を遂げる中、既存のシステムを覆し、自由で革新的なやり方で人々のニーズに応え、支持を得るインディペンデント系の企業/ショップが多く生まれている。本特集ではその中でも、時代を見つつも飲み込まれない確かな審美眼を持ち、スピードやしなやかさでもって、“消える”と揶揄された書物を多くの人々に普及し続けている書店に注目。その第2弾に登場いただいたのは、幅広いジャンルや絵師の浮世絵、また浮世絵関係の書籍を多く取り扱う神保町に位置するギャラリー兼書店の原書房の店主、原敏之。海外でのオークション会社勤務の経験を生かし、早くから海外マーケットに目をつけて既に多くの訪日客層を獲得している原氏に、書店の成り立ちから自身の海外経験を生かしたマーケティング、浮世絵の魅力、これからの構想について聞いた。
――まずは原書房の成り立ちから教えていただけますか?
原敏之「私の祖父の代からの始まりです。昭和7年に開業して、神保町に来たのが80年ほど前。その前は、戦前くらいから蒲田の方で本屋をやっていたようです。祖父の頃は、学生街にある教科書や辞書を扱う普通の古本屋でした。だけど、父の代になり父が本屋さんの勉強会に入って、何か専門分野を持った方がいいということを学んで、浮世絵を扱い始めたようです。当時はちょうど景気が良くて、父がよく海外に買い付けに行っているのを見て、幼いながらそれが格好いいなと感じていました。たまに父に海外へ連れて行ってもらえるようになったりして。小学生の時から、『将来は父から店を継いでニューヨークに支店を出す』なんて言っていたみたいです(笑)」
――(笑)。浮世絵は日本古来の物ですが、お父様のように海外から買い付けることもあるのですね。
原敏之「そうですね。江戸の後期から明治にかけて浮世絵は次々と海外に渡っていきました。その影響で、浮世絵が海外でかなり人気になっていったんです。あと、景気によって浮世絵は日本と海外を行ったりきたりしているんですよ。戦争や震災の際に向こうにあってくれたからこそ、いま生き残っている作品もありますからね。日本にあったら、残ってない作品もたくさんあると思います」
――なるほど。お父様からお店を継ぐことを意識するようになってから、浮世絵の勉強をされたのですか?
原敏之「そうでもないかな(笑)。大学を卒業してクリスティーズというオークション会社に就職したのですが、特に勉強はしてなくてもその頃には一通りの浮世絵師を知っていたと思います。ずっと浮世絵に囲まれて育ったからでしょうね。ちゃんと勉強を始めたのはそこからです。とにかく作品を見る機会が劇的に増えた職場でした」
――個人的には、幼少期からずっと浮世絵に触れて来た原さんが特に好きな浮世絵師が誰なのかも気になります。
原敏之「段々変わったりはするのですが、今は歌川国貞ですね。彼のわりと早い時期の武者絵が好きで、綺麗な作品を見るとグっときます。初期のものは国芳(歌川国貞の師匠)よりもよっぽど力強いんですよ。浮世絵はやっぱり凄くて、本当に信じられないような高度な技が詰まったものなんです。例えば、歌川広重や喜多川歌麿といった絵師のみが一般的に知られているけど、浮世絵は西洋の美術などと違って分業だから、彫り師や摺師など様々な職人の熟練の技があってこそできる作品なんですよね。多色刷りの木版画というのは世界には他にないですし、その技術の高さは唯一無二のものだと思います。さらに、浮世絵は海外の美術にも物の配置、構成、空間などの点でかなりの影響を与えています。浮世絵はいろいろなものを背負っているんですよね」
――浮世絵愛が伝わって来ます。先ほどもオープン前からお客様が待っていらっしゃいましたが、平素から海外からのお客さんが多くいらっしゃるそうですね。
原敏之「うちは浮世絵屋さんとしてはかなり初期から英語のウェブサイトなどを作ったりと、海外を売り買いの場としてプロモーションしていたこともあって、いま海外から多くの方にお越しいただいています。もともと僕が向こうにいたからというのもあったのですが、今では事前にネットでうちのことを調べてからいらっしゃる方も多いようですね」
――なるほど。神保町には、他にも浮世絵を扱うお店がいくつかありますよね。
原敏之「そうですね。浮世絵屋さんはこの街にたくさんありますけど、みんな仲が良くて、すごくストレスのない関係を築けていると思います。基本的には本も浮世絵もマルチプルなものなので、うちになければこの店あるよって紹介してあげたりしますけど、みんなお互いにそういうことをやっているんじゃないかな」
――店同士の信頼関係が強いのですね。出版不況と言われる現在ですが、アート作品である浮世絵にもその影響はあるのでしょうか。お客様の層に変化はありますか?
原敏之「あると思います。なかなか昔ほど日本のお客さんで豪鬼に買える方はいらっしゃらないように感じますね。高額品を買う方は、海外の方がわりと多いです。でも、若い方でも浮世絵を好きになって買いに来てくださることもあって、そこはありがたいし良いことだと思います」
――どんな目的で浮世絵を購入される方が多いんですか?
原敏之「いろいろです。それがまた浮世絵の面白いところでもあると思うんですよね。例えば、自分にゆかりのある地が描かれたものが欲しい方、版元で集めている方、猫や楽器、料理など描かれているものに注目して集められる方、美人画にフォーカスして買う方など。本当に様々な視点があるんです。私たちはその都度、それぞれのお客さんの要望に合わせて、コミュニケーションをとりながら作品を探すお手伝いをしています」
――面白いですね。そのように様々な角度で楽しめる浮世絵ですが、当時の人々にとってはどのような存在だったのでしょうか?
原敏之「ファッション誌や歌舞伎役者のプロマイド、新聞でもあり教科書でもあり、様々な役割を担っていたのだと思います」
――プロマイドだったということは、歌舞伎役者は流行の発信者でもあったのですか?
原敏之「そうでしょうね。多くの人々が衣装や着こなしを真似していたと思いますし、彼らの着こなしが流行の着物の柄や結び方にも影響していたと思います」
――最後に、これから原書房をどのような書店にしていきたいですか。また、新しく展開しようしていることや構想があれば教えてください。
原敏之「少しずつ浮世絵を新しいものにシフトしていこうとは考えていますね。父が始めた時代は、『(歌川)広重より後の時代の作品は浮世絵じゃない』という感じだったんです。でも、最近は徐々にその後の近代の作品も人気になっています。時代に応じて、浮世絵以外の近代版画もやっていかなくてはいけないなと思っていますね。また、作品のクオリティーを大事にしながら、『この作品ある?』とお客さんに言われた時にすぐ出せるように品数が充実している店になりたいですし、同時に『こんな作品は絶対うち以外にはない!』という一級品の作品も持ちたいと思っています。画廊にとって、状態の良い綺麗な高値の作品を持っていられるというのは、金銭的に結構大変なことなんですが、一つの憧れでもあるんです。さらに、今のアートにも共通点を見出して、現代ものをやっている画商さんと協力して機会があれば何かやってみたいと考えています」
――現代アートとのコラボレーションの発想はとても面白いですね。
原敏之「やはりこの浮世絵の素晴らしさを広く伝えるためには、新しいことを始めなくてはいけないと思うんです。そのためにも金銭的な体力と場所がこれから先は必要だと考えています。うちはもう海外からのお客さんは沢山いらしていただけているので、オリンピックの期間については全く意識していませんが、その後ちゃんとやっていける体力を今からつけていきたいと思っています。守りつつも攻めていかねばならないですからね」
原書房
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品揃えが充実していて浮世絵の魅力をたんまり味わえる原書房。社員の方に尋ねれば気軽に作品の説明や案内をしてくださる。浮世絵というと高価なイメージがあるけれど、作品によってはとても手頃な値段での購入が可能だ。原敏之さんはフランクで素敵な方だった。
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