「市民感情」を投影した判決?
今回はbem21stさんのブログ『ベムのメモ帳V3』からご寄稿いただきました。
「市民感情」を投影した判決?
ひきこもりの男性が実姉を殺害したとして殺人罪に問われた事件の大阪地裁の判決について、関連する報道をまとめました。
まず、殺害された被害者の女性に対し衷心よりお悔やみ申し上げます。
以下、報道記事を抜粋して引用します。文字強調はすべて引用者によるものです。
■「姉殺害に求刑超え懲役20年判決 発達障害で「社会秩序のため」」2012年07月30日『47NEWS(よんななニュース)』
http://www.47news.jp/CN/201207/CN2012073001002297.html
判決理由で河原俊也裁判長は、約30年間引きこもり状態だった被告の犯行に先天的な広汎性発達障害の一種、アスペルガー症候群の影響があったと認定。その上で「家族が同居を望んでいないため社会の受け皿がなく、再犯の可能性が心配される。許される限り刑務所に収容することが社会秩序の維持にも役立つ」と量刑理由を説明した。
■「求刑上回る懲役20年=姉殺害「反省ない」―大阪地裁」2012年07月30日『時事ドットコム』
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201207/2012073000900
判決は、動機を姉への逆恨みとした上で「姉は身体的、金銭的に被告に尽くしてきたのに、理不尽に殺害された」と指摘。「被告は十分に反省しておらず、社会復帰後に同様の犯行に及ぶことが心配される」として、求刑より長期間の矯正が必要と判断した。
■「発達障害で求刑超え懲役20年判決 「社会秩序の維持に」」2012年07月30日『MSN産経ニュース』
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120730/trl12073020360006-n1.htm
河原裁判長は判決理由で「計画的で執(しつ)拗(よう)かつ残酷な犯行。アスペルガー症候群の影響は量刑上、大きく考慮すべきではない」と指摘。その上で「十分な反省がないまま社会に復帰すれば、同様の犯行に及ぶ心配がある。刑務所で内省を深めさせる必要がある」と述べ、殺人罪の有期刑上限が相当とした。
■「姉刺殺の被告に求刑上回る懲役20年の判決」2012年07月30日『YOMIURI ONLINE(読売新聞)』
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120730-OYT1T01274.htm
大東被告は同月の逮捕後、大阪地検の精神鑑定で、この障害があると診断された。地検は刑事責任能力に問題はないとして昨年11月に起訴。公判で大東被告は罪を認め、弁護側は、犯行には障害が影響したと主張。保護観察付きの執行猶予判決を求めた。
判決で河原裁判長は「約30年間、自宅に引きこもっていた被告の自立を促した姉に恨みを募らせた」などと動機を認定。障害の犯行への影響を認めたが、「量刑で大きく考慮することは相当でない」として量刑面の弁護側の主張を退けた。
一方で、障害に対応できる受け皿が社会に整っていないとの認識を示し、「十分な反省のないまま社会復帰すれば、同様の犯行に及ぶことが心配される」と指摘。量刑判断に社会秩序の維持の観点も重要として「殺人罪の有期懲役刑の上限で処すべきだ」と述べた。
裁判の経過や判決文を読んでいないため予断は禁物ではありますが、報道内容をまとめると、
1.事件前に医学的な診断や治療は受けておらず、逮捕後に大阪地検による精神鑑定でアスペルガー症候群とされた。
2.弁護側は犯行に同障害が影響したとして保護観察付きの執行猶予判決を求めていた。
3.検察側は責任能力に問題はないとして懲役16年の実刑判決を求刑していた。
これに対してこの裁判員裁判の下した判決は、検察側の求刑を超える、有期懲役刑の上限である懲役20年の実刑でした。その理由として報じられているのは総合すると以下のとおり。
1.被告のアスペルガー症候群が犯罪に影響はしたが、それを量刑上大きく考慮すべきではない。
2.反省が十分でない。十分な反省のないまま社会復帰した場合の再犯が心配。刑務所で内省を深めさせるべき。
3.出所後の社会的受け皿がないため再犯が心配。
4.社会秩序の維持のためできるだけ長期間刑務所に収容すべき。
1番目の理由、責任能力を認めて量刑上の考慮も少ないというのは、広汎性発達障害者が犯した、いわゆる「凶悪犯罪」では相場と言っていいのではないかと思います。その是非については今回は置いておくとして問題は2番目から4番目です。
2番目について、広汎性発達障害を持つ被告が取り調べや裁判の過程などで反省の色が認められないことが、求刑や判決がより厳罰の方向に働くという事例はこれまでもあったと思います。しかし、単に刑務所に長期間収容したとして反省を促すことの効果は期待できないのではないかと思います。このタイプの犯罪者の場合は反省の有無にこだわらずに、再犯を繰り返さないための教育的ないし福祉的な対応が、本人にとっても社会のリスクを下げることにも有効だということが、専門家の間で共有される方向へ向かっているのかなあと個人的には期待していたところでしたが・・・
3番目と4番目の理由に関して、出所した障害者が社会的な受け皿がないために再犯を繰り返す「累犯障害者」が社会問題化して数年が経ち、累犯障害者を障害者個人の問題よりも社会の問題、福祉の問題と捉えて、福祉・行政・司法などの協力関係が見られるようになってきていると感じていたところでしたが、今回の「社会の受け皿がないために収監期間を長くする」という論理を採用した判決は、こうした方向性に逆行した従来型の福祉の代替としての刑務所を正当化するものであり、なおかつ、異質な人間を社会から排除しようという粗野で差別的な考え方が根底にあるように感じます。
これが「市民感覚」を反映した公正な裁判員裁判というものの結果なのでしょうか?これまでの様々な経験を生かそうと多くの専門家が地道に積み重ねて得た知識、スキル、スキームや合意形成への努力を、ほとんど理解していない素人が、被告ないしはこの障害への無理解、不安感や恐怖感に基づいて社会から排除しようとした結果が反映されてしまっているように思えてしまいます。
ではこの判決に関連する報道されている専門家のコメントについて引用します。
■姉殺害:発達障害の被告に求刑超す懲役20年判決…大阪- 毎日jp(毎日新聞)
発達障害者を支援する団体の全国組織、日本発達障害ネットワークの市川宏伸理事長(67)は「発達障害があるから犯罪を起こすわけではない。アスペルガー症候群の人の多くは、社会生活を営めており、独特な考え方や行動様式を周囲が理解し社会のルールを説明していれば、今回のような事件は起きなかった」と指摘する。
「発達障害者支援センターなど受け皿施設は整いつつあり、再犯を防ぐことは可能だ。今回の判決のように、障害を理由に社会復帰させないのは、差別と偏見でしかない」と訴えた。
■発達障害で求刑超す判決 大阪地裁「社会秩序のため」 – 中国新聞
日本発達障害ネットワークの市川宏伸理事長は「アスペルガー症候群の人は反省していないのではなく、言われることが分かっていないだけだ。裁判員の理解がないとこういう結果になりやすく、裁判員制度が始まるときに心配していたことが起こった」と批判した。
なお、市川宏伸理氏は日本の代表的な児童精神科医の一人であり、また自閉症のお子さんの親でもあります。
■発達障害で求刑より重く 大阪地裁、姉殺害で懲役20年の判決 :日本経済新聞
刑事裁判では精神障害などを理由に刑を軽くする例が多く、重くする判決は異例。判決について、発達障害者らの弁護に取り組む辻川圭乃弁護士(大阪弁護士会)は「障害を理由に刑を重くしている。障害に対する無理解、偏見に基づく判決だ」と批判している。
判決について、板倉宏日大名誉教授(刑法)は「障害がある場合、量刑が軽くなるケースが大半。法律の専門家からすれば違和感が残る」と指摘した。
一方、産経は両論併記。
■発達障害で求刑超えた判決 「国民感覚に沿った判決」「すぐに再犯に走るわけではない」評価分かれる – MSN産経ニュース
元最高検検事の土本武司筑波大名誉教授(刑事法)は「責任能力に問題がない以上、刑罰を決めるにあたって最も重要な点は社会秩序の維持だ」と強調。「検察側の求刑が軽すぎた。裁判員の判断の方が常識にかなっている。裁判員裁判を導入した成果といえるだろう」と述べた。
一方、発達障害に詳しい六甲カウンセリング研究所の井上敏明所長(臨床心理学)は「アスペルガー症候群だからといって、すぐに再犯に走るわけではない。発達障害には家族など周囲の理解が必要>だ単に刑務所に長期収容するだけでは何の解決にもならない」と批判した。
ちなみに産経にコメントをしている土本武司氏は、ウィキペディアの記述にあるとおり、『検察にかわってスポークスマン的役割を果たしている。産経新聞「正論」など保守系論壇での寄稿が目立つ。また、死刑制度の維持や厳罰化などについても積極的に発言している』人物です。
当然ながら弁護側は控訴する方針を示してるようですが、どうなるか見守りたいと思います。
執筆: この記事は bem21stさんのブログ『ベムのメモ帳V3』からご寄稿いただきました。
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