今年も「サマータイム」と称する時差出勤の季節がやって来た
2004年に札幌商工会議所が企業や官公庁を対象に『北海道サマータイム月間』と称する時差出勤奨励運動を開始して以降、全国の官公庁や企業に7月から8月の間“サマータイム”と称する時差出勤を導入する動きが広まっています。主な理由としては電力需給のピークをずらして分散させたり、出勤・退勤時刻をずらして行き帰りの混雑を避けるなどの効果が期待されているということです。しかし、こうした取り組みはあくまで民間や役所が自主的に行っている時差出勤に過ぎず、アメリカやヨーロッパで導入されている“サマータイム”とは全く似て非なるものであることに注意しなければなりません。
日本では戦後の4年間だけ行われていたサマータイム
日本では戦後、GHQの指導により夏時刻法(昭和23年法律第29号)を制定し、1948年からアメリカ本土にならってサマータイム(当時は“サンマータイム”と呼ばれていました)を導入していました。この法律では毎年4月の第1土曜日から9月の第2土曜日まで、標準時刻を協定世界時(UTC)+9時間の日本標準時(JST)より1時間進めた「UTC+10」の日本夏時間(JDT)を採用するものでしたが、開始当日の1948年4月4日に北海道は大雪に見舞われ、翌4月5日付の『北海道新聞』は「雪の出勤 サンマー・タイム 道庁前」との見出しで皮肉な夏時間の幕開けを報じています。
GHQの指導で国民的議論も不十分なまま導入されたサマータイムは開始当初から、労働の長時間化や児童が日の出前から登校を強いられるなどのデメリットが数多く発生し国民の間で不評でした。1950年には開始時期を1ヶ月遅らせて5月の第1土曜日からとする夏時刻法の改正が行われましたが、東西に広い国土で複数の時間帯を持つアメリカと違って日本は全国で一律に同一の標準時を採用しているので、九州では時期の短縮に関わらずなお小学校の登校時刻が真っ暗闇の中ということも珍しくありませんでした。最終的にはこの“夜明け前登校”が文部省(現在の文部科学省)の「児童に日の出前から家を出るような登校時刻の設定を禁止する」旨の通達に違反しているとの指摘が決定打となり、夏時刻法は1952年の第13回通常国会で衆議院・参議院とも全会一致をもって廃止され、日本のサマータイム制度は終わりを告げたのです。
また、韓国では日本と同じ1948年にサマータイムが導入されましたが不評のため1951年に一度中断し、1955年に再開したものの1960年に廃止されました。その後、1987年に翌年開催のソウルオリンピックへの対応を理由として3度目の再導入に踏み切りましたが、1989年に廃止されて現在に至ります。中国では1986年から1991年まで実施していましたが、日本と同様に中国標準時(CST、UTC+8)を一律で採用しているため内陸部でかつての日本と同様に日の出前から登校や出勤を強いられる問題が発生し、1992年に廃止されました。同様に香港では1941年から、台湾では1945年からサマータイムを実施していましたが、どちらも1979年に廃止しています。
導入している国でも廃止の動きが拡大中
日本では1990年代からサマータイムの再導入を求める意見が政財界から出るようになり、その中には「サマータイムを導入していないのはG8で日本だけ」だとか「OECD加盟32か国では日本と韓国・アイスランドだけ」と言った意見がよく出されていました。ところが2011年にはG8加盟国のロシア、その隣国のベラルーシ、そしてエジプトがサマータイム廃止に踏み切ったことが大きく報じられ、東日本大震災を契機に電力不足への対応策としてサマータイム再導入を目指す動きは出鼻をくじかれた形となりました。
ロシアの場合、広大な国土に11の標準時を持っていましたが2010年に2つの標準時を統廃合して9標準時に整理しました。そして昨年の春からは1981年に導入されて以降、国民の間で不評だったサマータイムを正式に廃止したのです。ロシアでサマータイムが不評だった理由は毎年2回の時刻切り替えに前後して心筋梗塞が多発したり、鉱山労働での事故が急増するなど体調を崩す原因になっているというものでした。実際、ロシアと同緯度のカナダでも同じように体調を崩したり事故が増加するなどのデータが報告されており、ブリティッシュコロンビア州政府は切り替え直後の月曜日に交通事故が前の週よりも23%増加するというデータを提示して住民に注意を呼びかけています。
アジアやアフリカ、ロシアを始めとするCIS諸国と違って既にサマータイムが定着しているかのように見えるヨーロッパ各国でも国民の不満は高まっています。ドイツやオランダでは国民の過半数がサマータイム廃止に賛成というアンケート結果が出ており、フランスでも毎年のようにサマータイム廃止デモが開催されるなど年々、サマータイムに対する不満が表面化しているのです。しかし、どの国でも中央ヨーロッパ時間(CET、UTC+1)からの離脱によって周辺国から孤立化するデメリットが指摘されており、なかなか廃止に向けたハードルは高いようです。
またアメリカやカナダ、オーストラリアなどの導入国でも酪農業が強い地域では「牛の乳しぼりなど定時に行わなければならない作業に支障をきたす」としてサマータイム導入に強い反対があり、アメリカのアリゾナ州とハワイ州、カナダのサスカチュワン州、オーストラリアの北部と西部ではサマータイムは実施されていません。
「省エネ」「余暇拡大」など一貫しない再導入の理由
前述の『北海道サマータイム月間』を始めとする「サマータイム」を冠した時差出勤の奨励活動も、将来の再導入(法制化)に向けた地ならしを目的としているとの指摘もあります。しかし、時差出勤は一般的な出勤時刻のピークを避けて早めに出勤する制度なので、時差出勤を行っている職場と行っていない職場でバッティングしないのは当然であり「電車がすいてて通勤が楽になった」という意見は、サマータイムが法制化された際にそのまま当てはまるものではありません。
また、再導入を求める意見で主流となっている「省エネルギーに貢献する」という主張に対しても近年では疑問が呈されています。アメリカのインディアナ州は2006年にサマータイムを導入しましたが、導入前と比べて冷房に費やす電力消費がかえって増加したという調査結果が2008年3月27日付の『ウォールストリート・ジャーナル』で報じられています。20世紀初頭にアメリカ東部でサマータイムが導入された頃の電力は照明が主な使用目的でしたが、再導入の目的を「省エネ」とする意見は電力の使用目的が照明以外にも拡大した結果、照明の比率が相対的に低下している事実を正しく反映していなかったのです。「明るい時刻に退社して1時間の余暇が増える」と言う主張も「サービス残業が常態化している日本の労働環境が是正されない限り絵空事に過ぎなくなる」との指摘が日本労働弁護団などからなされています。さらに、アナログ時計のつまみを回せば時刻調整が済んだ時代ならいざ知らず、家の中にあるさまざまなデジタル家電の時刻調整をするのは大変ですしプログラムの改修費用もかかります。周知期間を置いたとしても、テレビの地上波デジタル放送移行とは比べ物にならないぐらいの費用と混乱の発生は避けられないでしょう。
このように、民間や官公庁で実施している“サマータイム”と称する制度は実質的には“時差出勤”に他なりません。かつて日本で法制化されていたサマータイムとは全く似て非なるものであり、サマータイムを半世紀ぶりに再導入することによって現在、広く実施されている“サマータイム”と称する時差出勤と同じメリットが得られるかどうかは非常に疑わしいと言えます。実施している企業や官公庁は「格好良さそうだから」と言ったイメージに飛び付いて安易に“サマータイム”という名称を用いることで誤った印象を与えかねない問題を認識し、実態に即した別の呼び方を考えるべきではないでしょうか。
なお、時差出勤を“サマータイム”と称するはしりとなった『北海道サマータイム月間』は2007年から参加企業が減少したことなどを理由に2010年は中止され、2011年より再開したものの規模は2ヶ月間に縮小されているそうです。
画像:1949年4月3日のサマータイム開始を告知する時計店の様子(毎日新聞社『決定版 昭和史(13) 廃墟と欠乏 昭和21-25年』[1983]より)
画像ソース:Wikimedia Commons http://commons.wikimedia.org/wiki/File:DST_on_3_April_1949_in_Japan.JPG
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