音楽が聴こえてくるような短編集〜恩田陸『祝祭と予感』

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音楽が聴こえてくるような短編集〜恩田陸『祝祭と予感』

 優れた音楽小説であり、さらに直木賞と本屋大賞の両方を受賞した『蜜蜂と遠雷』の愛読者にはたまらないファンブック的な要素も持ち合わせているのが本書。私にとっても『蜜蜂と遠雷』はその年に読んだ本のベストだったので(確か朝井リョウさんも同じ趣旨のことを語ってらして、意を強くしたものです)、『祝祭と予感』は期待を胸に読み始めたのだが、もう涙ものだった。

 本書は、『蜜蜂と遠雷』のスピンオフ短編集と位置づけられている。近年注目を集める芳ヶ江国際ピアノコンクールに出場したコンテスタントたちや関係者たちの、前日譚後日譚が描かれた作品だ。文庫では上下巻に分冊されるほどの大作だった前作にくらべると、単行本で200ページに満たない。しかし、そのページ数に6つもの短編が収録されているという充実ぶりがうれしい(ひとつ不満があるとすれば、楽器店勤務という音楽専業者ではないコンテスタント・高島明石の登場作品がなかったこと。明石がいちばん好きなのに!)。

 天才少女と謳われながら何年も表舞台から姿を消していた栄伝亜夜とジュリアード音楽院に在学中で芳ヶ江での優勝候補の呼び声高かったマサル・カルロス・レヴィ・アナトールが、彼らの恩師である綿貫の墓参りをする(演奏歴やコンクールへの出場経験もなければ自宅にピアノすらないにもかかわらず、巨匠ユウジ・フォン=ホフマンに見出されたという型破りな少年・風間塵もなぜか同行している)「祝祭と掃苔」。芳ヶ江の審査員で元夫婦でもあるナサニエル・シルヴァーバーグと嵯峨三枝子が若き日に国際コンクールで二位を分け合ったことから始まったふたりの縁を描く「獅子と芍薬」。ホフマンと塵の初めての出会いを綴る「伝説と予感」。

 …と、いずれもファン垂涎の作品だが、個人的に最も心を打たれたのは「袈裟と鞦韆」。コンクールの課題曲「春と修羅」の作曲家である菱沼忠明と、その教え子である小山内健次の物語だ。「春と修羅」は宮澤賢治の詩であり、詩集のタイトルでもある。小山内は宮澤賢治と同じく岩手の出身であり、かつ同様に「ケンジ」という名を持つ者でもあった。物語は、夕暮れの児童公園のブランコ(タイトルの「鞦韆」はブランコのこと)に座る菱沼の独白から始まる。菱沼は盛岡で執り行われた小山内の葬儀に参列し、東京に帰って来たところだった…。30ページほどのごく短い作品なので詳細なあらすじを書くことは控えるが、ああ、あの曲(聴いたことはないけど。架空の曲ゆえ、そもそも音源がないし)はこうやって生み出されたのかと胸に迫るものがあった。

 私は音楽に関してまったくの門外漢ではあるけれども、ひとつの作品を生み出したり曲について考え抜いたうえで演奏したりすることは、ほんとうに苦しみと喜びに満ちたものなのだと少しわかった気がする。前作の時にも思ったことだが、自分の知らない曲ですら実際に聴こえてくるように感じられる作品だった。恩田陸恐るべし。ぜひ『蜜蜂と遠雷』に続けてどうぞ。

(松井ゆかり)

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