「彼女のことが好きすぎて馬鹿になった。離れたら死ぬ!!」 巧妙な作戦に全員騙された結果……絶対にバレてはいけないミッション・インポッシブル!~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~

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夢にまで見たあの娘!千載一遇の大チャンス

秋の夕暮れに抱きしめた謎の女が誰なのか、ついにその正体を突き止めた匂宮。薫が彼女を隠していると知るや、粗末な格好に身をやつし、冬の宇治へと馬を駆ります。道中急いだので、夕方に京を出て、宵を過ぎた頃には宇治に到着しました。

コーディネーターの道定(薫の家司(執事)の娘婿)も、初めて来るので不案内。一応、薫の家来から詳しい間取りなどを聞いていたので、それを頼りに警備の侍たちを避け、葦の垣根を少し壊して、宮を中へ引き入れます。

女房たちはまだ起きている様子。薫が小ぎれいに造った寝殿ですが、やはりそこは山荘、どことなく荒い作りの上、誰もこないだろうと油断しているのでのぞき放題です。

明るい灯の下、数人の女房たちが裁縫をしています。糸を撚っている少女は、二条院で見かけたあの子。そしてその奥に、夢にまで見た娘が横になっていました。(おお!)上品で美しい顔だちは、不思議と中の君に似ています。

女房たちのとりとめないおしゃべりから、宮は彼女が明日、石山詣で(滋賀県大津市の石山寺参詣。平安貴族の間で参詣がブームだった。作者の紫式部もここで源氏物語のインスピレーションを得たと言われている)に行くこと、それはせっかちな乳母が独断で決めたらしいことなどを知ります。今は1月の下旬ですが、薫は早くても来月頭に来るかどうかというところなので、その前に行く予定なのでしょう。

二条院の奥様(中の君)は本当にお幸せね。若君までお生まれになって、宮さまのご寵愛はいよいよ揺るぎないとか。それもこれも、乳母どのみたいな、せっかちでおせっかいな人がそばにいないからこそ、ゆったりとお上品に見えるんだわ」「まあ、うちのお姫様だって、殿(薫)さえもう少し大切にしてくだされば……」。

この言葉に、横になっていた姫は少し身を起こして「そんなこと言わないで、聞き苦しいわ。他の人はともかく、二条院のことを引き合いに出したりして、もしあちらに伝わったらどうするの」

せっかちな乳母とは、恐ろしい形相で自分に抵抗したあのバアさんのことだろう。やはりこの人は夢にまで見たあの娘だ! そう思うとまるで夢のような気分ですが、中の君との関係は謎。よく似ているが、一体どの程度の親族なのかと思います。異母妹ですよ!

気高く艶やかなのは中の君ですが、この人は可憐で、繊細な顔の作りが魅力的。もとより、恋は盲目を全力で生ききるタイプの男、見れば見るほど目の前の彼女に夢中です。

「ああ眠い。もうこんな時間ね。昨日も徹夜で頑張ったからもう寝ましょ。残りは明日の朝起きて縫えばいいわ。母君のお迎えも、来るのはせいぜい日が高くなってからだろうし」。

女房たちはこういってその場で雑魚寝をはじめます。彼女も少し奥に入って休む様子。(明日から出かけるようだし、今しかチャンスはない!)と思った宮は、即座に行動に出ます。

背丈も声も匂いも…巧妙な作戦に全員騙された結果

トントン、と戸を叩く音に気がついたのは右近という女房です。「どなた?」返事の代わりの咳払いがいかにも貴人、といった風だったので、右近はてっきり薫が来たのだと思いました。

「とにかくここを開けてくれ」という男の声は薫にそっくり。でも今日来ると言う連絡はなかったし、といぶかしがる彼女に「どこか出かける予定があるらしいと仲信(薫の家司の名前)が言うものだから、急いで来たんだが、道中ちょっとトラブルがあってね。早く入れてくれ」

具体的な個人名まで出された右近は、いよいよ疑いもなく戸を開けて男を招じ入れます。灯を持ってこようとする彼女に男は「途中でひどい目に遭って、みっともないなりをしているから、灯は暗くしたままでいい。私が来たからと、寝ている人を起こすな」

もともと背格好は同程度、声質も似たところがあるのをさらに似せ、おまけに格段のいい香り。顔が暗くて見えないとあれば、薫とそれほど面識のないこの女房では判別不能でも致し方なし。完全な宮の作戦勝ちです。

男は寝ている浮舟の側に上着を脱いで横になります。右近も朋輩たちを起こして下がりました。普段はいつもの御座所に行くのに、今日はそこへいかず、すぐに横になった点だけが違いますが……。

(殿も情の深いお方ね、こんな遅くに来てくださるなんて)(姫さまは殿のこういう愛情をご存じないから)(もうよしなさいよ、夜のひそひそ話は目立つわ)。女房たちは男を薫と信じ込み、こういい合って寝てしまいました。

絶対にバレてはいけない! 今日はミッション・インポッシブル

男が薫でないとわかったとき、ことはすでにどうしようもないところまで進んでいました。初めから別人とわかっていたならどうにかしようもあったでしょうが、もう声を出すこともできず、浮舟は理不尽な激しい力に押し流されるだけでした。

「あなたをあの秋の夕暮れからずっと想い続けていたんだよ……」一息ついたところで男はこう言います。自分を襲ったのは匂宮だったとわかった浮舟は、姉の中の君への申し訳無さで激しく泣きます。

一方、宮は、こうして想いを遂げたものの、今後はなかなか逢えないだろうと思うと切なくて泣くのでした。ふたりの涙の理由の、何と食い違っていることか。

夜はどんどん明けていき、お供が帰りを促す咳払いをします。昨日、戸を開けた右近が部屋に入ってきました。が、そこにいたのは薫ではなく、匂宮です。

「向こう見ずだと思うだろうが、オレはこの人を愛しすぎて何もわからなくなってしまった。馬鹿になっちまったんだ! 彼女と離れたら死にそうなくらいだよ。京でオレを探してどんなに大騒ぎしようと、今日だけはこの人と共にいたい。すべては生きている間だけのことだ。

オレの供人たちに、近くの適当なところで時間をつぶすように言ってくれ。それと、時方(乳兄弟)は京に帰って、オレが山寺にこもっていると説明するよう頼んでくれ」。

右近は頭の中が真っ白です。でも昨日、うっかり薫と間違えて彼を入れてしまったのは自分! そう思うとひっくり返りそうになります。が、もうこうなった以上、ジタバタしても仕方ない。

(こうまで宮が思いつめられたのも、お二人の宿命というものなのよ、きっと。人間がどうにかできることじゃないわ)と気を取り直して「そうはおっしゃいますが、姫様はこれから母君がお迎えに来て、お参りに行くご予定です。ですから、とりあえず一旦お引取りいただいて、また後日ごゆっくり……」

「何を言う。だいたい自分の身が可愛ければ、こんな愚かな忍び歩きなどするものか。お母さんには「今日は物忌だ」とか言え。他の女房たちにもバレないようにしろよ。とにかく、オレは一歩もここを動かないからな!!

宮の無茶ぶりに右近は呆れてものも言えません。家来衆のもとへ行き、不満を爆発させます。「皆さんからもお帰りになるよう仰ってくださいな! だいたいあなた方が計画の段階から止めていてくだされば……」

道定は(やっぱり面倒なことになった)と思いつつ叱られています。時方は「そんなにおっかない顔しないでくださいよ! そりゃ、僕らだってわかってますけど、恋にやつれた宮を拝見していたらいたたまれず、我が身を投げ打ってお供した次第です。……お言いつけはよくわかりましたから、帰って言い訳しておきます」

彼らが慌ただしく去った後、警備のシフト交代があり、女房たちも起きて来ました。右近は(バレないようにったって、どうしたらいいのよ!)。ミッション・インポッシブル!

とりあえず「殿は道中大変な目にあわれて、誰にもお姿を見られたくないそうだから」と、自分だけが部屋の出入りをすることを了解させ、初瀬参りについては「姫さまは生理がきた上に夢見が悪かった」という理由で物忌とし、御簾に張り紙までして面会謝絶を実施。

朋輩たちは(殿は山道で盗賊に襲われたらしい、お気の毒な)と騒ぎ、お参りが中止になったのを残念がります。嘘に嘘を重ねる右近は気が気ではありません。(もし本当に薫の殿のお使いでも来たらどうしよう! ああ観音様、どうか今日一日が無事に過ごせますように……!)と祈らずにはいられませんでした。超大変。

レディファーストに感動…急接近するふたりの心

なんとか他の女房たちを防いだ右近は、洗面用の御手水を持って部屋へ。薫がいる時は薫が先に洗面し、浮舟がお手伝いをするというやり方だったので、そうしようとすると、宮は「君が先に使っていいよ」。レディファースト!

浮舟はこれに感動し、宮の「君と離れたら死ぬ」とまで言う激しさに感化され(これが深い愛情というものかしら?)。正妻の女二の宮に気を使う分、薫は浮舟に対して亭主関白タイプなんでしょうか? でもこんな過ちをしでかし、お姉さまがもし知る所になったらと思うと胸がふさがります。

宮はまだ、この女が何者かわかりません。でも、素性に関する質問には答えないものの、それ以外のことには素直に応じるので(なんと可愛い女か)と思うばかり。見ても見飽きぬ愛らしさ、どこがという欠点もなく、愛嬌があって可憐です。

しかし作者は冷徹に宮の盲目ぶりを指摘します。「実際の浮舟は、姉の中の君の艶やかさには見劣りがするし、夕霧の娘の六の君の女盛りの眩しさには比べようもない。しかし今はこの人に夢中なので、こんないい女は後にも先にも見たことがない、と思いつめているのだ」。

浮舟は浮舟で、薫ほどのイケメンはいないだろうと思っていましたが、いまこうして匂宮を見ていると、愛情深くて輝くような美貌はそれ以上だという気分になります。恋の魔法とはこのことですね。

普段は退屈な山里の景色をぼんやりと眺め、時の過ぎ去るのを待つばかりだった浮舟も、宮といるとまたたく間に時が過ぎていくのに驚きます。宮は硯を引き寄せて、適当な紙に落書きをしました。美しい男と女が仲良く寄り添っている絵です。

「逢いに来たくてもなかなかこられない時は、この絵を見てね。……君といつもこうしていたいな」。宮は薫との経緯を聞きたがって浮舟を困らせたりしながらも、ふたりはまるで以前からのカップルのようなラブラブぶりです。おいおい!

今は別れが悲しい…数奇な運命で結ばれた恋人たちの行方

夜になると乳兄弟の時方が戻ってきました。予想通り、宮が行方不明と言うので京は大騒ぎ、母中宮も夕霧右大臣もおかんむりとのこと。さすがの宮も観念します。

本当に皇子なんて窮屈なだけだ! 気軽な小役人程度の身分になってみたいものだ。これからどうしたらいいだろう?……薫が聞いたらさぞかし傷つくだろうな。あいつとは昔から不思議なほど仲良しで、何でも打ち明けあってきた仲だったのに

それに、自分のことは棚に上げて、君の身じまいが悪いと責めるんだろうね。放ったらかしにしているくせに。そうなったらかわいそうだ。どうにかして、ここではない所へ君を連れていきたい」。

こうしてふたりは罪の2晩目を共有し、宮は明け方にようやくお別れ。浮舟をつれて戸口まで行きますが、そこから先が進みません。

「どうしたらよいかわからず、涙で前が見えない」と嘆く宮に、浮舟も「涙だって止められないのに、どうしてお別れを止められるでしょうか」「女も限りなくあはれと思ひけり」とあるので、複雑な思いはあれど、彼女も宮との別れが悲しかったことがわかります。それほどまでに、一日でふたりは親密になってしまったのです。

右近や時方たちのおかげで、密会はとりあえず誰にもバレずにすみました。それでもワガママな宮は、霜の降りた寒い山道を何度も何度も振り返り、彼女の所へ戻りたがります。それをお供たちが(冗談じゃない!)と強いて止める一幕も。ええかげんにせえよ!!

薫とは全く違うタイプの匂宮に接し、はからずも彼と打ち解けてしまった浮舟。あまりにも無抵抗な彼女をピュアと言うべきか、ただ単に流されやすいというべきか……。宇治という地に数奇な運命で結ばれた恋人たちの、物語は更に深刻化していきます。

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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