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異常な光景の描写と巧みなストーリーの背後に、アメリカの歪みや傷を映しだす

異常な光景の描写と巧みなストーリーの背後に、アメリカの歪みや傷を映しだす

 四つの中篇を収録した作品集。空想的要素の度合いとその扱いは、作品ごとに違っている。

 いかにも「モダンホラー」なのが、巻頭に入っている「スナップショット」だ。町にあらわれた胡乱な男が、得体の知れぬインスタントカメラを持ち歩いている。そのカメラで撮影されると、記憶が奪われてしまうのだ。

 ジョー・ヒルが巧いのは、この不審人物と怪カメラについて最初から語りだすのではなく、語り手である青年マイクルと、彼が幼年時代に世話になった元ベビーシッターの高齢女性シェリーとのエピソードからはじめるところだ。シェリーが話すことはとりとめがなく、マイクルもシェリーの夫のラリーも、彼女が認知症だと考える。マイクルはシェリーを見守る役目を引き受けるのだが、たんにラリーに依頼されたからではなく、自分が子どもだったころのシェリーの想い出があるからだ。

 そして、シェリーのとりとめのない話のなかに、不審人物と怪カメラが登場する。シェリーはその影にひどく怯えている。

 読者はマイクルの視点に沿って、「シェリーの妄想」→「半信半疑」→「自分に降りかかった妙な事件」→「事態の核心」と、徐々に接近していく。また、「核心」にたどりついて終わるのではなく、不審人物が退場してからも、マイクルの人生のなかで怪カメラのかかわりはつづく。物語をギアチェンジしながら引っぱるテクニック。これをスティーヴン・キング譲りと言ったら、ジョー・ヒルに失礼だろうか。

 さて、怪カメラはカメラのかたちはしているが、カメラではない異形のガジェットで、内部もメカニズムではない。このイメージも面白い。ふたたびキングを引きあいに出して恐縮だが、『回想のビュイック8』を連想した。

 二番目に収録されている「こめられた銃弾」は、スーパーナチュラルな要素がないクライム・サスペンス。いくつかの偶然、偏った思想、人生の蹉跌などが組みあわさって、凄惨な事件が引きおこされてしまう。複数のエピソードを並行させ、物語全体の張力を徐々に高めていく構成力が見事だ。

 三番目の作品「雲島」では、意気地なしの青年オーブリーがなりゆきでスカイダイビングするはめになり、中空に浮かぶ正体不明の雲の島に降下してしまう。空中怪奇譚はニッチなサブジャンルだが(有名作はコナン・ドイル「大空の恐怖」)、陸の秘境や深海とは異なったロマンチシズムを掻きたてる。もっとも、この作品はいささか虚無的であって、物語も異郷性よりもオーブリーの地上での記憶(あまり冴えたものではない)とつながっている。その情けない感じが現代的だ。

 ここまで見てきた三作品とも、題材・設定は異なるものの、その背景にアメリカ社会が抱え込んだ歪み、閉塞、心的外傷が見てとれる。ジョー・ヒルは社会批判的な文脈というよりも、登場人物(主役の場合もあれば脇役の場合もある)に内面化されたものとして扱い、それが物語に奥行きと階調を与えている。

 最後に収録された「棘の雨」は、それがもっとも色濃くあらわれた作品と言ってよかろう。解説を担当されている東雅夫さんの言葉を借りれば、「LGBT(セクシャル・マイノリティ)とテロとカルトと世界の終わりをめぐる気宇壮大な物語」だ。空から雨ではなく、尖った結晶体が降り注ぐ。この棘の雨に見舞われた地方は多くのひとが死傷し、雨が止んだのちも至るところに鋭利な結晶が散らばり、被害者救助と復旧の妨げになる。また、電話やネット通信も思うようにつながらず、交通手段も失われている。

 語り手のハニーサックル(女性)は難を逃れたものの、恋人ヨランダ(女性)を棘に殺された。それをヨランダの父親に知らせるべく、惨憺たる状況のなか、遠い町へ向けて歩きはじめる。その過程にはいくつもの障害と、不思議な出会いが待っていた。

 物語の後半では、ヨランダが思いがけず、棘の雨の原因とその裏に潜む策謀と対峙する展開となる。異常な現象に合理的説明が付される点において、本書収録中もっとも伝統的なSFの要件を満たした作品と言えるだろう。まあ、しかし、それはジョー・ヒルにとって(また、おおよその読者にとって)あくまで付帯的なことにすぎない。重要なのは合理的説明そのものではない。説明をつける小説的手続きによって、この異常現象をスーパーナチュラルの領域にとどめずに、私たちが生きているこの世界と接続することである。

 東雅夫さんが解説で指摘するように、この作品が描きだした光景は、アメリカの9・11、日本の3・11そのものなのだ。

(牧眞司)

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