ゲンロン出身作家の意欲作から、ベテラン津原泰水の傑作戯曲まで

ゲンロン出身作家の意欲作から、ベテラン津原泰水の傑作戯曲まで

 オリジナルアンソロジー・シリーズ《NOVA》の最新刊。前巻より、雑誌のような巻号表記となった。

 巻頭を飾るのは谷山浩子「夢見」。夢のなかの人生と目覚めている人生とを往還する物語はこれまでにいくつも書かれているが、この作品が独特なのは、目覚めたときに具体的な細部が失われ、印象だけが残っている夢の手ざわりがすくいあげられているところだ。忘れてしまったけれど、かけがえのない記憶と感情。淡く切ない。

 高野史緒「浜辺の歌」は、AI介護が普及した近未来を、介護される側のリアリティ—-昭和の風情をたたえた日常感覚—-として描く。登場人物どうしの台詞の掛けあいをはじめ、文章表現がとにかく見事。特筆すべきは、これが二人称小説として書かれている点だ。もちろん、たんに目新しさを狙ったものではなく、SFとしての企みがある。

 高山羽根子「あざらしが丘」では、形骸化しながらもなお継続しなければならない日本の商業捕鯨のねじれた事情を背景に、捕鯨アイドルなる存在が成立する。タイトルの「あざらしが丘」はユニット名で、メンバーは頻繁に新加入と卒業を繰り返し、現在はゴマ、バイカル、クラカケの三人。パフォーマンスはもちろん捕鯨だが、得物は実際のクジラではなく、培養鯨とよばれるバイオテクノロジーの産物だ。

 田中啓文「宇宙サメ戦争」は、サメ族が知的に進化し宇宙にまで進出したサメ世界線と、「スタートレック」のニンゲン世界線とが交叉しつつ、『2001年宇宙の旅』ばりのスペクタクルが展開される。もちろん、田中啓文作品なので、隙あらばダジャレと脱力ネタが突っこまれる。

 以上は、それぞれの作家の持ち味が十全に発揮された、読者の期待を裏切らない秀作ぞろい。

 この巻の注目は、編者の大森さんが講師を務める「ゲンロンSF創作講座」の出身者ふたりの作品だろう。

 麦原遼「無積の船」は、ごりごりの数学SF。自分が見た夢を話しているはずが、いつのまにか数理宇宙が現実へと浸出してしまう。マンデルブロ集合とか掛谷問題とかポンポン出てくる。

 アマサワトキオ「赤羽二十四時」では、赤羽のコンビニを舞台にサイバーパンク的な猥雑未来が描かれる……と思いきや、物語は思いがけない方向へと発展していく。じつはコンビニは生体店舗であり、もともとは伊豆大島、奄美大島などの野生動物を加工したもので、運営するためには特別なスキルが必要なのだ。とくにスキルが高いのはナチュラルローソンの店員だとか、絶妙なくすぐりがバラまかれている。

 これにつづくのが、プロ作家歴六年にしてすでに巨匠(マイスター)の風格を醸しだしている藤井太洋による、時間SF「破れたリンカーンの肖像」。シワの入り方から通し番号まで同じ五ドル紙幣の発見という古典的SFのシチュエーションから、論理パズル的に凝った、そしてちょっとハードボイルドな物語へ突入していく。登場人物のひとりが主張する、基本的人権のひとつである「移動の自由」を時間線上にも適用すべきという発想が、なんともラディカル。

 草野原々「いつでも、どこでも、永遠に。」は、いつもどおりの原々SF。デビュー作「最後にして最初のアイドル」と同じような展開(ステープルドン的なエスカレーション)を、学生演劇を題材としておこなっている。

 トリを務めるのは、ベテラン津原泰水「戯曲中空のぶどう」。さる田舎町の複合型高層マンションの屋上階で、かつて同じ学校に通った同級生が偶然に(?)再会する。最初はお互い相手ことがわからなくて……という展開。徐々に判明していくのは、相手が幼なじみだったという過去の事実だけではなく、この世界のなりたちと登場人物たちの実体である。戯曲として書かれているのが非常に効果的で、台詞のやりとりのスレ違い(いささかオーバーアクション気味の)が、不思議な現実感(見慣れた日常から逸脱していく動き)を醸しだしている。傑作。

(牧眞司)

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