「東京防災」に関わった電通プロデューサーが語る、“防災意識の低い人のための防災”
東京都民なら、黄色の表紙の防災ガイドブック『東京防災』は、ご存じだろうか。
分かりやすいビジュアル、リアルなノウハウが話題となり、今は電子版など全国で入手可能となった。その『東京防災』の仕掛け人のひとりが電通の谷口隆太さん。
ほかにも、ラップグループ「スチャダラパー」と共同で、防災ソング「その日その時」を制作するなど、「防災・災害支援」を軸とした官民連携プロジェクトを推進している。
今回はその谷口さんに、活動内容や目指すところ、本人の防災対策についてお話を伺った。
「防災」は日常。意識が高くない人がターゲット
――最初に、谷口さんが防災の活動に関わるようになった経緯を教えてください。
子どもが楽しく暮らせる世界を目指したいと考え、以前の仕事では紛争地域に赴き、資金調達や実地調査など、現場で活動していました。その後、スマトラ島沖地震、パキスタン地震など、海外の緊急支援に関わるようになったのですが、そのうち、何か起きてから行くのが嫌になったんです。“起こらないようにするためにどうすればいいのか。そのためには民間セクターのほうが動きやすいと考え、2009年電通に入社しました。
そんななか、2011年に東日本大震災が起こりました。
「防災」を考えなきゃいけないことは思い知らされました。
ただ、震災の当事者でない限り、多くの人は記憶が薄れ、防災に関して「やらなきゃ」と思っているのに、やらなくなるのが普通です。だから、「防災」という言葉をあえて使わないで、いつもの暮らしのなかで無理なくできることを、いざというときの安心をプラスしようと始まったのが、「+ソナエ(プラスソナエ)」プロジェクトです。
――その一つが、『東京防災』であり、スチャダラパーさんとコラボした「その日その時」なんですね。
そうです。『東京防災』は、いざというときに「あ、防災の本、あったな」と気付いて手に取ってもらって、パニックになっていても理解できるように、最小限の文字と絵になっています。
スチャダラパーさんのラップは、いつもの暮らしの中で無理なく防災を身近に感じてもらいたくてつくりました。彼らもとても気に入ってくださって、よかったと思います。
■電通、スチャダラパーが共同で作成した防災ソング「その日その時」
――どちらもとても分かりやすく、リアルでした。私たちにとって災害に備えることがアタリマエになるのが理想的ですよね。
私たちがターゲットとしているのは「防災意識が高くない人」。防災に関しては、つい後回しになっている人。そういう人でも、普段の生活の延長線上なら対策できるはず。
8割以上の人が「地震が起きると思っている」と答えているのに、なにかしら具体的なことをしている人は3割にも満たないのが現実です。正直にいうと、防災の必要性を啓発するのは難しい。でも、クリエイティビティの力で、「なんだろう」「おもしろそうだな」「やってみようかな」と考えてもらうのが我々の役目と考えています。
もちろん、その土台であるものは信頼性のある裏付けが必要で、それが、我々の「+ソナエ・アルゴリズム」です。これまで蓄積された世界中の防災ノウハウをもとに、いつ、どこで、状況などを入力すると、約400の知見の中から、適切なコンテンツを対象者別、テーマ別に抽出するデータベースです。これらをもとに、さまざまなプロダクトを制作しています。「防災に関する知識も、“知っているとちょっとカッコいい豆知識”として情報にまとめています」と語る谷口さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
当たり前の文化や日常の風景に“防災”を潜ませる
――ビジネスとしての側面はどうでしょうか。どうしても、防災というと公共、地域のサービスというイメージが強いのですが……。
「多少高くても安心・安全な機能のあるプロダクト、サービスを買う」という人は多く、我々の試算では、安心・安全に関わる潜在市場は6.4兆円の規模とされ、さまざまな分野での需要拡大が期待できます。左:「+ソナエ」プロジェクトのロゴマーク 右:潜在的防災市場規模(出典/ウェブ電通報 「新しい防災、はじめます(1)」(2015年8月31日公開))
――6.4兆円ですか。例えば、最近はキャンプブームで、軽量なキャンプ用品がたくさん出て、売れていますよね。
確かにそう。いいアイテム、いっぱいありますよね。アウトドア用品は、普段使いも便利だしそのまま防災用品として使えます。
また、日本防災産業会議の活動の一環として、防災知識のない営業でも使える「防災営業支援ツール」を制作しています。これは、各自治体が出しているハザードマップ等を参考にしています。
また、日常的な暮らしのなかに、“防災要素をプラスする”仕掛けも有効です。例えば、「贈る」という行為。日本人は、出産、引越し、入学など、折に触れてモノを贈る習慣があります。例えばお中元に日持ちのする飲み物、出産祝いに液体ミルクなど、大切な誰かのためにいざというときのソナエを贈るという習慣を提案しています。
――防災用品ってなかなか自分では買わないけれど、贈られたら確かにうれしい。「贈る防災」が習慣のひとつとして根付けば、すごくいいですね。どうしても災害はいつ起こるか分からないため、自分ではつい後回しになってしまうのも事実です。
でも、災害って地震だけじゃないでしょう。強風、ゲリラ豪雨、極暑による熱中症など、命にかかわる災害は、実は多い。そのため、もっと普段から情報にふれることで、1人1人の災害対応力を高めていく必要があります。その一環として、私が今取り組んでいるのが、防災情報配信チャンネル「City Watch」です。
これは、商業施設や公共施設、マンションやオフィスビルの共用部にある電子看板に、地域ごとに細かく分けた災害情報を配信するサービスです。前述の「+ソナエ・アルゴリズム」を使い、エリア特性とそのときの震度などの災害情報に基づいて、私たちが「どう行動すればいいか」を示す情報を自動で配信します。しかも英語をメインに多言語配信で、海外の方も安心ですし、強制的に配信されるので、誰もが平等に情報を得ることできます。
これなら、スマホのバッテリーを心配しながら、みんなが同じ情報をスマホで検索するという不合理な事態も避けられます。これを活用することで、街のどこにいても安心できて、住み続けたくなる街が増えることを願っています。CityWatch 平常時の画面イメージ(提供/電通)
自分の防災対策は「特別なことはしていない」
――話は変わりますが、電通での防災の取り組みなど教えてください。
私は企画には関わっていないのですが、「電通防」という活動で、9月の防災週間には、誰もが通るエントランスに、人工呼吸の人形を置いたり、地震時にオフィスがどうなるかリアルに再現したり。みんな真剣に見ていましたよ。
――まさしく、防災のプロである谷口さんですが、ご自身が普段行っている防災にはどんなことがあるのでしょうか。
普段持ち歩いているバッグには、バッテリーが2個、何かしら腹持ちする食べ物や飲み物が入っているくらいでしょうか。
3.11を機にこれらを持ち歩くようになったのですが、今は会社がフリーアドレスになって荷物を持ち歩いていたほうが楽なので、当たり前のスタイルとなりました。
最近は非接触で使えるモバイルバッテリーなど、技術も進歩しているし、お洒落なアウトドア用品や美味しい高級缶詰も増えているので、自分なりに楽しみながら備えられるといいですよね。いざというときに必要なものは人それぞれに違うはずですから。
――ご自宅ではなにか特別なアイテムなどご用意されているのでしょうか。
特別なことはしていないです(笑)。
ただ“普段使い”しているもののなかで、何が災害時に使えるか考えています。
普段子どもが自転車に乗るときに使うヘルメットは、地震のときも被らせようとか、いつも履いているこの歩きやすいスニーカーを、避難のときにも履いていこう、とか。
日常の暮らしのなかで、ちょっと視点を変えてみるだけで、いざというときに役立つアイテムは沢山あると思います。気取ったり、気合を入れすぎずに、日々の生活のなかでちょっとした“プラスアルファ”のとして防災を考える。それだけでも、いざというときに安心ですし、冷静な行動ができるようになると思います。3.11の大震災の時には、汐留の社内にいた谷口さん。すぐに交通機関がすべてストップするだろうと考え、すぐ帰宅。帰宅難民にならずに済んだそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)●取材協力
電通 ビジネス・プロデューサー
谷口隆太さん
筑波大学第三学群国際関係学類を卒業後、1999年より株式会社博報堂を経て、2001年よりセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンで、広報・FR担当としてベトナム・ネパールの栄養改善・教育事業に、アフガニスタン・イラクの緊急人道支援に従事、2004年よりジャパン・プラットフォームにて海外の緊急支援(スマトラ島沖地震、パキスタン地震、インドネシア地震、スーダン人道支援、イラク人道支援他)に従事。 2009年電通に入社。以後、食料自給率向上、健康、被災地支援、防災等の社会課題で官庁や民間企業とNPO/NGOの連携等によるコミュニケーション、ビジネス開発に取り組む。
>CityWatch
元画像url http://suumo.jp/journal/wp/wp-content/uploads/2019/05/164485_main.jpg
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