料理家のキッチンと朝ごはん[3]後編 ワタナベマキさんの収納と、新生活におすすめの道具5選
前回、流れるような動きで手際よく朝ごはんをつくってくださった、人気料理家のワタナベマキさん。今回は、その美しくも素早く、ムダのない動きを支えるキッチン収納のヒミツについて伺います。これから新生活をスタートする方に向けて、ワタナベさんおすすめの調理道具もご紹介いただきました。【連載】料理家のキッチンと朝ごはん
料理研究家やフードコーディネーターといった料理のプロは、どんなキッチンで、どんな朝ごはんをつくって食べているのでしょうか? かれらが朝ごはんをつくる様子を拝見しながら、おいしいレシピを生み出すプロならではのキッチン収納の秘密を、片づけのプロ、ライフオーガナイザーが探ります。
自分と家族の「今」に合わせて、少しずつ形を変える暮らし方
10年前の入居時に加えて、ワタナベさんは4年前にもご自宅をリノベーションされています。
「もともとリビングの奥に和室がありました。子どもが小さいうちは和室があるほうが快適かなと考えて、当時はそのまま残したんです」とワタナベさん。実際、お子さんが小さかったころは本当によく和室を使ったそうです。けれども、お子さんが大きくなると和室を使う機会がぐんと減りました。そこで改めてリノベーションを検討し、和室をなくしてリビングを広げることにしたのだとか。2度目のリノベーションで張り替えた、むく材のヘリンボーン床。経年で少しずつ変化した色合いが素敵。約1カ月の工期は夏休みにあわせ、家族や仕事への影響が少なくなるよう配慮したそうです(写真撮影/嶋崎征弘)
その際、入居時のまま使ってきたキッチンの天板も交換しました。「見た目はきれいだけれど扱いに気を使う、白い人造大理石の天板だったんです。しばらく使ってみて、プライベートと仕事の両方で、長時間キッチンに立つ私には向いていないことが分かり、水、熱、汚れにも強いステンレスの天板に入れ替えました」
将来の暮らしを先取りしすぎず、今の自分、今の家族に合わせて、段階的に住まいを整えていくことが、そのときどきの快適な暮らしを実現する秘訣なのかもしれませんね。オープンキッチンの向かいがダイニング、手前側がリビングスペースです。ダイニング、リビングともに南向きのベランダに面しているため、とても明るく風通しのよいお住まいでした(写真撮影/嶋崎征弘)
暮らしながら少しずつ形を変えてきたワタナベさんのキッチンには、どんな「使いやすさ」「美しさ」のヒントが隠されているのでしょうか。
ワタナベさんの手際のよさを支える、動線に合わせた収納計画
キッチン背面の収納スペースには、最小限の動きで必要な道具がさっと出し入れできるよう、計画的にものが配置されています。
オープン棚には、実用的で見た目も端正な鍋やカゴ、蒸篭(せいろ)といった調理道具を収納。陶器の器や木製のまな板、ガラスのケトルなどは、素材ごとにまとめることで、見た目もすっきり整います。「最下段のカウンターは手前にものを置かないようにして、作業スペースとしても使っています」というワタナベさん。壁面の余白が多く見えるため、ものによる圧迫感がありません。トースター代わりに焼き網、炊飯器代わりに土鍋、電気ケトル代わりに鉄瓶を使うなどして、生活感の出やすいキッチン家電を持たないことも美しさの一因(写真撮影/嶋崎征弘)
オープン棚の下には、左、中央、右に、それぞれ両開きの扉が付いた収納スペースがありました。左の棚には、おもにバットやボウル、ザルなどを収納。シンクに近いため、水まわりでさっと使うことができる配置です。中央の棚には、主に保存容器をまとめて収納。シンクとガスコンロの間にある作業スペースの真後ろなので、調理中、振り向くだけで容器を取り出すことができます。腰より低い位置にある収納棚は「高さ」によってゾーニングされています。手の届きやすい上段には使用頻度の高いものを、手の届きづらい下段には使用頻度の低いものが収められていました(写真撮影/嶋崎征弘)
ガスコンロに最も近い右の棚には、液体調味料をまとめています。火にかけた鍋の様子を見ながら、手早く油やしょうゆを取り出せる場所です。最下段には使用頻度の低い調理家電を収納。右下は山本電気の精米機。「お米は玄米で買って、3日分くらいずつ精米しています。精米したてのお米はとっても美味しいんですよ」と聞いて、わが家でも同じ精米機を購入(写真撮影/嶋崎征弘)
奥行きが深い、もと・冷蔵庫置き場に造作された収納スペースは、上部が扉付きの棚になっています。スライドレールを使った引き出しを取り付けることで、奥のものにラクに手が届くよう工夫されていました。最も出し入れしやすい引き出しには、普段使いしている業務用の食器が収納されています。収納スペースの下部には扉をつけず、ゴミ箱置き場に。凹みにゴミ箱を置くと目立たないうえ、調理中の動きの邪魔になりません。キッチンの床が掃除しやすくなるというメリットも(写真撮影/嶋崎征弘)
「朝ごはんのときや、自宅での撮影などで大勢のスタッフに食事を出したりするときは、ここに収納している業務用のサタルニアやアラビアの食器を使います。丈夫だから気兼ねなく扱えるし、食洗機にもかけられるから、忙しいときに便利です」
一方で、作家による器のコレクションは、リビングスペースに置いた腰高の収納棚にまとめているといいます。「職業柄、器の量が多いため、分けて管理しています。夜ごはんのときや、友人とのんびり食事をするときなどは、ここからゆっくりお気に入りの器を選びます」。器というだけで、すべてキッチンの同じ場所に収納する必要はないんですね。「最近いいなと思っているのは、伊藤聡信さんと伊藤環さんの器。どちらも丈夫で使いやすいところが気に入っています」。隣のガラス棚には、グラス類をまとめて収納。棚の上にスパイラル状に重ねられた本がかわいい(写真撮影/嶋崎征弘)
少しずつそろえていきたい。美しく実用性の高いキッチン道具5選
料理家として、さまざまな調理道具を使ってきたワタナベさん。最後に、これから新生活をスタートする人におすすめの道具を5つ教えていただきました。
1つめは、ビアレッティの「モカエキスプレス」。細挽きのコーヒー豆をポットに入れて直火にかけるだけで、本格的なエスプレッソが淹れられます。本体価格が数千円~とリーズナブルなうえ、小さなキッチンでも邪魔にならないコンパクトサイズなのがうれしいところ。「カフェに行かなくても、自宅で手軽に美味しいコーヒーが楽しめますよ」高いデザイン性と実用性を評価され、ニューヨーク近代美術館「MoMA」に永久収蔵されているモカエキスプレス。ワタナベさんの夫は「自宅で淹れるコーヒーはモカエキスプレスで」と決めているそうです(写真撮影/嶋崎征弘)
2つめは、ワタナベさんが「これから新生活を始める人にプレゼントすることも多い」という、プジョーの電動式ペッパーミル「ゼフィア」。「コショウは挽き立ての香りが一番いいので、ぜひミルを使ってみてください。電動ミルは、料理中でも片手で挽けるのでとっても便利です」フランスの自動車メーカーでもあるプジョーの切削加工技術を活かしてつくられた電動ミル。挽いたときにスパイスの香りが引き立つ刃(グラインダー)の構造が採用されているそうです(写真撮影/嶋崎征弘)
3つめのおすすめはル・クルーゼの「ココット・エブリィ 18」。日本人のために開発された鋳物ホーロー鍋で、ごはんがとっても美味しく炊けるそうです。「専用の内蓋を使えば、炊飯時の吹きこぼれを最小限に抑えられます。小さく見えても、3合までのお米が炊けるんですよ。もちろん、炊飯だけでなく煮物にも使えます」2Lの容量を備えながら、径を小さくして深さをもたせることで収納スペースを圧迫しないデザイン。鍋底の角を丸くすることで、熱がうまく対流するように設計されています(写真撮影/嶋崎征弘)
4つめは、前回もご紹介したタークの「クラシックフライパン」。つなぎ目のない一体型の鉄製フライパンです。「蓄熱性が高いため、食材に均一に火が通り、美味しく焼き上げられます。テーブルウェアとして使えるほど、シンプルで素敵な見た目も魅力です」鉄の塊を高温で加熱して叩いて伸ばしていく鍛造製法でつくられるため、強度と密度が高く、耐久性が高いタークのフライパン。適切に扱えば、半永久的に使えるそうです(写真撮影/嶋崎征弘)
5つめは、ステンレス加工で有名な新潟県燕市生まれのブランド、conteによる「まかないシリーズ」のボウル、丸バット、平ザルです。「ボウルは適度な重さがあるため、食材を入れて和えたり混ぜたりしても安定しています。丸バットは単品でバットとして使ったり、ボウルと組み合わせてフタにしたり。平ザルは茹でた野菜を冷ましたり、揚げ物の油を切ったり。何通りにも使い回せますよ」「まかないシリーズ」とは、「賄い」であると同時に「巻かない」でもあるそうです。ステンレスボウルにつきものの巻き込んだフチがないため、汚れがたまらず、清潔に使えます(写真撮影/嶋崎征弘)
気持ちよく使える道具を、使い勝手よく、美しく収めたキッチン
気持ちよく使える道具を厳選し、使い勝手と見た目のバランスをとりながら配置する。……これが細部まで行き届いているのが、ワタナベさんのキッチンなのだと思います。(左)経年変化によって魅力が増す天然素材の道具が並ぶキッチン。(右)大人シックなインテリアのところどころに、お子さんが描いた油絵の作品が飾られていました(写真撮影/嶋崎征弘)
ひとことで言うと簡単に聞こえるけれど、これがとってもむずかしいことなのです。日々忙しく過ごしていると、「間に合わせ」で手に入れたものを「後で片づけよう」とあちこちに置いてしまい、気づけば扱いづらいキッチンになってしまう……。
新生活が始まる今こそ! ほかの誰でもない自分自身が気持ちよく、そして長く使える道具との出会いを大切に。そして選んだ道具をいつでも心地よく使えるよう、片づけや収納を後回しにしない。そんな習慣を身につけるのに最適なタイミングなのかもしれません。
>料理家のキッチンと朝ごはん[3]前編 ワタナベマキさんの10分でできるカリッふわっトーストと目玉焼き●取材協力
ワタナベマキさん
神奈川県生まれ。グラフィックデザイナーを経て料理家に。2005年に「サルビア給食室」を立ち上げ、本・雑誌・広告などで体にやさしい料理や季節を感じる料理の提案、ワークショップ、ケータリングなどを行っている。夫、4月から中学生になる息子との3人暮らし。著書に『旬菜ごよみ365日: 季節の味を愛しむ日々とレシピ』(誠文堂新光社)、『何も作りたくない日はご飯と汁だけあればいい』(KADOKAWA)など多数。
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