デュアルライフ・二拠点生活[10]家族3人で家賃2万円、利便性と暮らしの楽しみと、両方あって成立
東京の都心に住む会社員のIさん(36)は、マウンテンバイク好きの夫(38)の趣味から高じて、長野県の蓼科(茅野市)との二拠点生活を送っています。平日過ごす都心の家は便利さを追求した立地でミニマムに、暮らしの楽しみは蓼科でと切り分けることで家族の生活を充実させているIさんのデュアルライフからは、仕事と子育ての両立のヒントもうかがえました。連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、若い世代もデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点生活者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます。
二拠点で物を少なく、家事は省力化で時間確保
3歳の男の子のママであるIさんが暮らす都心の家は、45平米の2DK。月に一度訪問する蓼科の家は家賃約2万円の賃貸で、18平米のワンルームアパートです。借り始めたのは2009年で、Iさん夫妻が2011年に結婚する前のこと。蓼科にある知人の別荘を訪問した際にマウンテンバイクにはまった夫が、自転車を置くスペースや東京の自宅からその都度持参する手間の軽減のための拠点として構えました。八ヶ岳がきれいに見えることが気に入ったという物件は、別荘ではないため管理費などのランニングコストが高額でなく、近隣には同じデュアラーとみられる人も住んでいるそうです。どこを見ても絵画ような美しい山と空が広がる蓼科。この景色を見るだけで、東京での疲れを忘れ心から癒やされるという(写真撮影/飯田照明)
結婚した時点ですでにデュアルライフの“インフラ”は整っていたわけですが、共働き世帯であれば家事は土日にまとめてやらざるを得ないことは、よくある話。Iさんも当初は「土日を自分の家以外で過ごすことが成立するのか」という不安があったそうです。
しかしIさんのライフスタイルは「家事は省力化」。
料理は、宅配で届くものを使って一度にたくさんつくっておく、洗濯物は、畳んで収納、にはこだわらず洗濯乾燥機から取り出してそのまま使ったり。水まわりも全て強力な洗剤をかけて流すだけ。「たまるほどの家事はほぼないです。貴重な土日を家事にあてること自体をやめたい、という考え方にシフトしました」
また、とにかく立地の良さを求めた東京の家は、一部屋は夫の部屋でもう一部屋は寝室、ダイニングはテーブルと本棚のみ。「家がもうひとつあるから荷物を少なくできるので、手狭な部屋でも困りません」。掃除も毎日箒で30秒くらい掃くだけ。管理が必要な範囲を小さくできるのも、二拠点の利点のようです。プロフィール 東京都心と蓼科(長野県茅野市)でデュアルライフを送るIさんご家族(写真撮影/古後さん)
移動時間は貴重な家族の時間
蓼科の移動には、JRの特別急行「あずさ」を利用しています。回数券の割引を利用すれば、片道約4000円。もともとは車で通っていましたが、東京からの所要時間が渋滞で3時間をこえることが多く、少し遠いと感じたそう。「電車を利用すれば、乗車時間は家族の自由な時間。お酒を飲んだり、仕事をしたりすることもありますが、普段はなかなか時間がとれない家族とじっくり話せるいい機会でもあります」。東京にいると夫婦がそれぞれの用事を優先してしまい、家族で過ごす時間が削られることもありますが、蓼科では必ず家族3人で行動するので、その意味でも大切な時間だそうです。 東京では車を所有していないが、蓼科の生活には欠かせない。自家用車は蓼科のアパートに置いてフル稼働している(写真撮影/飯田照明) アパートから車で15分位のところにスキー場のある生活。長男は早朝から大好きなスノーストライダーで遊び、疲れてぐっすり眠る健康的な週末を送っている(写真撮影/飯田照明)長男のお気に入りトランポリン施設「BASE」。1分間ずつ交代制となっているため、小さい子どもから、本格的に練習したい人も同じ場で楽しむことができる。欧米ではウインタースポーツをはじめとするアスリートがしなやかな筋肉をつくるためにトランポリントレーニングを取り入れるのが当たり前となっているそう(写真撮影/飯田照明)
蓼科では、知人から3万円で購入した中古車をフル活用。アパートは無料の駐車場付きなので駐車場代はかかりません。滞在中は、マウンテンバイクで山道を下ったり、トランポリンのジムなど、アクティビティを満喫。生活用品は琺瑯(ほうろう)の食器やカセットコンロなどアウトドア用品を活用しているため、バーベキューを楽しむことも多いそう。また、東京では生活感の薄い都会ゆえに近所にない、ホームセンターや百円均一店、回転ずし店へ行くのも楽しみのひとつ。「東京では通勤への便利さで、快適な住環境は蓼科。両方あって初めて成立しているんです。もし蓼科の拠点をやめるなら、東京の家ももう少し広くて緑の多い場所を選んだと思いますね」蓼科では夏はマウンテンバイクや登山、冬はスキーとアウトドアを存分に楽しむ生活。まだ3歳の長男はもう補助輪なしで自転車に乗れるという(写真撮影/左 飯田照明、右 古後さん)
生後1カ月半から一緒に蓼科へ通っている息子に、雄大な自然の中でさまざまな体験をさせられることも重要です。3歳にして補助輪なしの自転車に乗れるのは、おそらくそんな体験のたまもの。「自転車でジャンプできる! パパすごい! っていうリスペクトが強いんです。東京にいるだけではこうはならなかったかも」。川の水が飲めたり、鹿や馬に触れたりできるほか、いろんな人と会う機会も多いため、初めてのことに動じない性格に育っているそうです。
夫のもともとの知人や常連になったお店、また近所の温泉での会話などから、コミュニティーも広がってきています。そのなかで強く感銘を受けたのは、地元の夏祭りだったそう。「小さな神社でやっているお祭りなのですが、子どもたちがみんなすごくおしゃれしてやってきていて。きっととても大事なイベントなのだろうな、と。都会は外から来た人の集合体だから、このお祭りの “地元”な感じがとてもすてきでした。小さいときのそういう思い出は、すごくいいなって」。いまはまだ家族の時間優先の息子も、いずれここに住む友達と一緒に来れたら、と願っているそうです。 行きつけの蕎麦店、傍/katawaraでは無農薬の野菜に合わせと白・黒二種類の蕎麦が楽しめる。窓からの美しい景色もごちそう(写真撮影/飯田照明)人気の「グリル野菜モリモリ盛ったベジ温そば」と「もろこしスープ」(写真撮影/飯田照明)
「いざとなれば二拠点目がある」は大きかった
蓼科は避暑地や別荘地としても人気で、旅行先に選ぶ人も多い地域です。旅行との違いを尋ねると、「旅行は楽しい刺激がたくさんある一方で、知らない場所への交通手段を調べたり、限られた時間に予定を詰め込んだり、ちょっとしたストレスもありますよね。土地勘のある二地域目ではそのストレスがなく、旅行のいいところだけを体験できるようなものなんです」
東京での駐車場代以下の金額で蓼科なら部屋が借りられることは、Iさん夫妻の場合は自転車という物理的な荷物の大きさもありリーズナブル。拠点ならではの土地勘があることや、宿泊施設のチェックインなどを気にせずゆったり時間を使えることは、旅行のリフレッシュさをストレスなく満喫できることでもあります。大型連休など世間で費用が高くなるときは蓼科へ行き、他の場所への旅行は、安く済む時期などのタイミングを見て出かけています。
また、旅行と拠点の違いを強く実感したのは、東日本大震災のときだったそうです。「会社からも自宅待機と言われ、東京がどうなるか分からないとなったとき、いざとなれば私たちは蓼科に行けると思いました。自分たちの日常はパラレルであるという安心感は、すごく大きかったんです」 蓼科の住まいは18平米のワンルーム。壁は夫がDIYでつくった木製棚。趣味のマウンテンバイクやアウトドアグッズなどの収納になっている。窓からは八ヶ岳連峰の景色が一望できる(写真撮影/飯田照明) ユニットバスは収納として利用。「この辺りにはたくさんの温泉施設があるので、お風呂はそちらでゆったり入っています(笑)」。ちなみに料理にはカセットコンロを利用。ガスを契約しないことで光熱費を削減している(写真撮影/飯田照明)新鮮な地元の野菜や特産物が手に入る「たてしな自由農園 原村店」。Iさんの特にお気に入りは試飲もできる田舎味噌。出汁をとらなくても食材から出る味だけでおいしいお味噌汁は長男も大好物(写真撮影/飯田照明)
購入ではなく賃貸にこだわり
Iさんは二拠点生活を送るにあたって、家族の生活体系や関係性の調整が常に心にあったといいます。子どもが生まれる前は、車移動のほうがいいのか、場所はこのままでいいのか。雪山があるのだからと夫がスノーボードを始めた際には、のめり込むあまり本格的なゲレンデを求めて蓼科から足が遠のいたことも。「私たちの世代はライフイベントやスタイルの変化がある時期。どのように二拠点目を使っていくのか、考えることは増えますよね」。だからこそIさん夫婦が選んだのは、物件の購入ではなく賃貸で拠点を構えること。購入したとしてもそこまで高額ではありませんが、身軽でいるためにあえて賃貸を続けているそうだ。
実際、息子の出産前には、蓼科の家を持ち続けるかの議論にもなりました。平日の職住近接に、教育環境や待機児童が少ない地区を考慮して現在の家の場所を決めましたが、のびのびとした育児も両立させるには、蓼科の家が必要だと判断したそうです。「平日と週末では、求めていることが違うけれど、両方を満たした環境はすごく高い。だったら拠点自体を分けようよと考えたんです」
二拠点を構えることは旅行とは違い、日常の延長線上にあります。Iさん夫妻にとって蓼科は見知った土地でしたが、より良い場所を求めるがあまり、無理してしまうことには危惧もあるそう。ランニングコストも含め、持続可能かどうか。その見極めのためにも、購入よりも賃貸から始めるのは、賢くそして手堅い選択なのかもしれません。 おいしいコーヒー豆とマスターの五味さんとの楽しい会話を求め茅野市の面白い人たちはみんなここに集まる、と言われるサロン的コーヒー豆店「Molino coffee」。行くと誰かしらに会える茅野の名物スポット(写真撮影/飯田照明) 特急で東京に帰るまでの間、集中してワークしたいとき利用している茅野駅目の前のワークスペース「ワークラボ八ヶ岳」。蓼科の利用者にはIさんと同じようなデュアラー(二拠点生活者)も多いそう(写真撮影/飯田照明)運転していると東南方向には富士山も(写真撮影/飯田照明)●取材協力
BASE
傍/katawara
たてしな自由農園
Molino coffee
ワークラボ八ヶ岳
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