巷で人気のカレー料理人が「会社勤め」を辞めないワケ|「and CURRY」阿部由希奈さん
いまや会社員であっても 、一つの会社の仕事だけではなく、いくつかの仕事を同時に抱える人も増えてきました。これから副業に取り組んでみたいと思っている人もいることでしょう。
今回お話をおうかがいしたのは「流しのカレー屋」としてメディアにも出ている阿部由希奈さん。じつはカレー料理人のほか、「人事」「Webディレクター」と全く異なる3つの仕事をかけもちしています。カレーが話題で人気になっている今でも、かけもちで仕事をしている理由、そしてトリプルワークのリアルについて聞いてみました。
and CURRY 阿部由希奈さん
1984年生まれ、大阪府出身。フリーで人事職やWebディレクターの仕事をしながら、「and CURRY」の屋号でカレー料理人として活動。様々なイベントや店とコラボして個性的な創作スパイスカレーを提供している。2018年7月に、カレー活動の拠点となる「kitchen and CURRY」を開設。週2日ほどを“キッチン開放日”とし、一般のお客さんにカレーを提供している。
and CURRY(HP)
トリプルワークの根源にあるのは、学生時代からの研究テーマ「女性の働き方」
ーー人事、Webディレクター、流しのカレー屋。全く異なる職種をかけもちされていますが、なぜその3つなのでしょうか?
カレーで取り上げていただくことが多いのですが、じつは私の仕事のベースとなっているのは、「人事」 なんです。学生時代から、結婚や出産後でも「女性が自分らしく働き続けられること」について常々考えていたので、就職活動でも「女性の働き方」をテーマに動いていました。
新卒では、女性向けの媒体を持つ求人広告の会社に入社し、1年間営業を経験しました。その後、女性社員が多いモバイルコンテンツの会社の人事として転職。採用の面から、女性の新しい働き方への取り組みに携わること3年。もっと人事制度に関わりたいと思い、事業所内保育所や認可保育所などを開設する業態の会社に転職しました。その会社では、自分のディレクションでいちから保育所をつくる仕事を経験して総合力が養われました。しかし、あまりに多忙で「もう少しゆっくり働きたい」と、3度目の転職を決意。知り合いが立ち上げた会社にアシスタントとして入社しました。ゆっくり働きたいとの希望通り、毎日定時であがれる仕事ボリュームでしたが、少人数の会社だったため、人事だけではなく、広報、自社サイトの制作など様々な業務を経験しました。小さな会社だからこそ、自分のスキルをどのようにお金に変換できるかを社員全員で考えていたので、その後フリーランスの仕事を始める際にもとても役立ちました。
新卒から転職しつつもずっと忙しい日々を過ごしてきたこともあり、4社目でいざ定時で帰れる毎日がやってくると、「時間が空いているから何かやらなきゃ」という思いがこみ上げてきました。貧乏性なんですかね(笑)。
そこで当時ハマりはじめていた「カレー」について情報発信するようになったんです。
「and CURRY」というFacebookページをつくり、食べに行ったカレー店の紹介をはじめました。次第に自分でカレーをつくり、「カレー粉からつくってみた」「スパイスからつくってみた」というような記事までアップするようになりました。ただ、この時点ではあくまでも趣味。自分がカレー屋になるなんて、夢にも思っていませんでした(笑)
ーー それから「流しのカレー屋」になった経緯は?
行きつけだった立ち飲みのたこ焼き屋さんで、「そんなにカレーが好きなら、うちの店でカレー屋をやってみたら?」と言ってもらったんです。当時は定時で帰れるとはいえフルタイムの会社員だったので、店の営業がない日曜の昼に月1回だけ間借りをして趣味感覚でカレー屋をやることになりました。最初は売れ残る日もありましたが、1年半ほど続けていると開店前に売り切れるようにまでなりました。その後知り合いの和食店にも声をかけていただき、2016年には月に2回~3回カレー屋をやるようになりました。正社員を辞めてフリーランスになったのはその頃です。
翌2017年、下北沢の有名カレー店の店主が旅行で4ヶ月不在にする間、店でカレーを提供する機会をもらいました。他のシェフと3名で交代しながらの営業ではありましたが、つくづく自分は店を持つことに向いていないと感じたのです。
どんなときも店を開けて「待っていなければならない」ことが歯がゆく、カレー屋をやるなら店を持つのではなく、行きたいところへ自分から出向く「流しのカレー屋」スタイルが私には向いていると自覚しました。
フリーランスになったのは、多様な働き方を「経験」「実験」したい気持ちから
ーー 正社員を辞めてフリーランスになったのは、カレー屋が人気になったからですか?
カレー屋を主軸にするつもりはありませんでした。
元々「女性の働き方」をテーマに仕事を考えていたので、「人事」の仕事を主軸にしながら、働き方のひとつである「フリーランス」を経験してみたいと思ったのです。異なる仕事を同時にやってみたらどうなのか実験したい気持ちでした。
タイミングよく、「人事」のほかに「Webディレクター」の仕事を業務委託でいただけることになり、この2つを軸にフリーランスで生計が立てられる見通しがたったことが、決断した一番の理由です。「カレー」については、「今よりも自由に時間を割けるようになるかな」くらいの感覚でいたのが正直なところです。
ーー3つの仕事は、どのような比率ですか?
フリーランスになった2016 年時点では、人事40%、Webディレクター40%、カレー20%くらいの割合でした。「人事」の仕事は週2日の出社がありますが、採用面接のスケジュールに合わせたフレックスタイム勤務です。採用のほか、配属の見極め、評価制度の仕組みの構築や導入までも請け負っています。「Webディレクター」の仕事は在宅ワークなので、人事での出社日以外を作業日としています。
2018年時点では、人事40%、Webディレクター40%、カレー60%です(笑)。
人事とWebディレクターのワークボリュームにはあまり変化がありませんが、ありがたいことにカレーの仕事が急激に増えました。その分休みがとれていないので、合計が100%超えちゃっているイメージです(苦笑)。
カレーの仕事が増えたのは、2017年に料理雑誌「dancyu」、テレビ番組「セブンルール」で紹介してもらったことが大きなきっかけです。地方の特産品をつかったカレーレシピの考案などこれまでになかった仕事のご依頼もいただきました。そして、2018年7月に拠点となる「kitchen and CURRY」を開設。自宅のキッチンがカレーの試作やレシピ撮影をするには手狭だったので、あくまでもカレーの研究をするために借りたキッチンスペースではありますが、お客さんのご要望にお応えし、週に2日だけ“キッチン開放日”としてカレーを提供しています。
「流しのカレー屋」なのでコラボイベントも多いのですが、カレー×地域活性化など、難しいことでもカレーを絡ませて考えると途端に面白くなって可能性が広がるんです。どんなアイデアでも生まれてくるような気さえしています。
それでも、仕事を「カレー」だけに振り切るつもりはありません。
なぜなら、「人事」や「Web」の仕事があるから、「カレー」も楽しみながら仕事として向き合うことができていると思うからです。学生の頃から考えていた「女性が自分らしく働けること」への思いが根底にあるので、私自身が、カレーにはまりすぎてこんな働き方をしている人として、多様な働き方の一例としていられたらと思っています。
トリプルワークの現実と理想、悲喜こもごも
常に頭の中にあるのは、カレーの新メニューのこと
ーー1週間の中では、どんなワークバランスになっているのですか?
仕事の状況で変わりますが、おおまかにはこんな感じです。 月:Web、人事(出社)
火:Web
水:Web、カレー(仕込み)
木:キッチン開放日(カレー屋)
金:Web、人事(出社)
土:カレー(仕込み)
日:キッチン開放日(カレー屋)
そして、常に頭のなかにあるのはカレーの新メニューのこと。朝から晩までずっと考えています。外食でカレーじゃないものを食べていても、この食材とこの食材の組み合わせはカレーにもいいかもと日々勉強をしている感じです。
地方でのカレーの仕事がある時は、木曜は半日だけカレー屋、夜のうちに移動。金曜の朝から現地で仕事をして、土日にイベントを実施し、日曜日のうちに帰京します。人事の出社日は別日に変更、のように対処しています。
カレーとWebの仕事は「kitchen and CURRY」で作業していますが、キッチンでは作業しやすいラフな服装で過ごしているので、週2回の人事の出勤日は少しおしゃれして出社できるのがうれしいんです。このメリハリも私にとっていいバランスになっていますね。
ーーところで転職理由は「ゆっくり働く」でしたが、いま、丸一日休める日が見当たらないようですが。
そうなんです(笑)。それが今の課題です。フリーランスは体調管理が肝。疲れすぎて体調を崩せば相手に迷惑がかかってしまいます。仕込みの日に集中して野菜を刻んだり煮込んだりしている時間が意外に癒しの時間だったりもしますが、時間を割いて勉強したいこともありますので、そろそろトリプルワークのボリュームを見直す時期かと思っています。
とはいえ、トリプルワークがもたらした恩恵もあります。
かつての私は、ゴールを決めて計画的に必要な段階を踏むことがキャリア形成だと思っていましたが、今は意図せずとも積み重ねた経験がキャリアを形成することもあると身を以て知りました。
また、私自身が好きなカレーで仕事をしていることから、人事担当者として社員から一歩踏み込んだ相談を受けるようにもなり、経験が裏付ける説得力も増したように思います。
好きな場所で好きなように仕事ができる世の中を実現させたい
ーー フリーランスやトリプルワークを実際に経験して、人事の観点で感じたことはありますか?
まず、フリーランスについては、自由な働き方ができること、なんでも自分で決められることがいい点ですね。やりたいことが明確にある人、自分でつくりあげることが好きな人、責任感がある人は、フリーランスに向いているのではないでしょうか。
逆を言うと、自立できていなければフリーランスとして成立しないと思います。お金の管理だけではなく、自分で値段設定をする難しさも感じます。高いと思われた時にどう根拠を示せるのか。毎日が判断の連続です。責任はすべて自分でとる覚悟も必要です。
複数の仕事をかけもつ場合は、時間のやりくりや頭の切り替えが必須です。臨機応変に対応しなければならないことも多く、こうしたことも楽しめるかどうかが、かけもちワークに向いているかどうかの判断基準にもなると思います。
私の場合、学生時代から「好きな場所で好きなように仕事ができる世の中を実現させたい」とずっと思っていました。だから、自分自身が様々な働き方を実験したり、人事の仕事を通して心地よく働ける環境をサポートできたりすることは楽しいこと。そして、人から求められるカレーの仕事も楽しいこと。
だからこそ、側から見て大変そうに思えても、楽しく続けていられるのだと思います。
and CURRY(HP) 取材・文:タナカトウコ 撮影: 佐久間 靖浩
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