職場風土を変え、本音を言わなかったメンバーが夢を語るまでに導いた、ある管理職の挑戦

職場風土を変え、本音を言わなかったメンバーが夢を語るまでに導いた、ある管理職の挑戦

現場の課題解決を後押しするべく、社内有志の管理職を募って立ち上げた豊田合成株式会社の職場風土改革プロジェクト「イクボス塾」。上司と部下、メンバー同士、何でも言い合える職場風土を目指し、室内での組織マネジメントにおけるトライ&エラーを重ねている。

仕事だけではなく、プライベートも含めて、メンバー1人ひとりの「夢」をかなえてもらうためのチャレンジにこだわった牧 達一郎さん(豊田合成 車載照明技術部 デバイス生準室 室長)の挑戦と取り組みを、前編に引き続き、お伝えしていきたい。

夢があれば、仕事の質と効率が上がる

人は、近い夢をかなえるために自然と効率を上げる。だから、メンバー1人1人に夢を設定してほしかった

これには牧さん自身のエピソードがある。10年前のある日、牧さんは部下からこんな申し出を受けた。

「牧さん、言いにくいんですけれど……。1週間お休みをいただきたいです。スキーに行きたくて…」

申し訳なさそうに頭を下げる部下。行先はカナダだという。快諾する牧さん。

「いいよ。でも、仕事は止まらないようにしっかりやってくれ」

部下は嬉しそうに仕事を整理し、同僚や上司と段取りして、そして旅立っていった。

決める事こそ大事。夢を決めれば、仕事のやり方も決まる

牧さんは強調する。仕事を終えた後の余暇時間で夢を考えるのではなく、夢を中心に据えて仕事を考える。これまでの「仕事本位」な日本の組織文化では逆説的に思えるが、真理であろう。

夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし

幕末の名士、吉田松陰の名言である。牧さんは、かつての副社長が引用したこの言葉をマネジメントの拠りどころにしている。

豊田合成株式会社 車載照明技術部 デバイス生準室 室長 牧 達一郎(まき たついちろう)さん

夢に向かってチームで勝てる職場づくり

一見くすぐったくも感じるが、ここにマネジメントの本質がある。

デバイス生準室の取組みは、各自の制約条件、困りごと、夢の見える化だけにとどまらない。

たとえば、各自の出張予定と休暇予定は、共通フォルダの共通の電子ファイルで公開しあう。お互いの予定をガラス張りにすることで、仕事の段取りや会議調整、休暇計画をしやすい。

「モヤモヤ」は生産性やモチベーション、ひいてはメンバーの主体性やエンゲージメント(組織や仕事に対する愛着や誇り)を下げる。これは、筆者も全国の職場を見て実感している。このような、足元の業務や行動予定の「見える化」も、組織風土改革には欠かせないのだ。

現場の「言える化」とチームの変革に取り組む牧さん。上司の目にはどのように映っているのだろうか?

もともと、秘めた熱い思いを持った人だとは思っていた

そう言うのは、帯刀慶真さん。車載照明技術部の部長で牧さんの直属の上司だ。

豊田合成株式会社 車載照明技術部 部長 帯刀 慶真(たてわき やすまさ)さん

「自分の知らないうちに、牧さんは『イクボス塾』に参加していた」

帯刀さんは振り返る。そして、部下の幸せを願い自ら行動するようになったんだな、と牧さんの変化を喜ぶ。

本を読んだり、講演会に参加したり、自らインプットとアップデートを続け、新しいものを取り入れながら変えようとしてくれている。管理職として、部下に良い背中を見せている

実際、職場の空気が徐々に変わってきた。ものを言いやすい雰囲気になってきていると言う。

「帯刀さんも私も、トップダウン型のマネージャーの下で育ちましてね」

「めちゃくちゃ厳しかったよね」

顔を見合わせる帯刀さんと牧さん。上意下達型のマネジメントが染みつき、牧さん自身も「上からのもの言いが多かったかな」と反省する。

トップダウン型からメンバーに合わせたマネジメントへ

しかし、そんなマネジメントスタイルに牧さん自身が限界を感じることになる。数年前、新製品の立ち上げに追われていた頃、室のメンバーは皆多忙を極め、会話する余裕すらなかった。体調を崩したメンバーもいる。

やっぱり、それじゃいかんのかなって。組織も自分も正しく成長する環境に変えていかないと」

車載LEDの開発の現場は、厳しい設計要件と生産技術、そして開発スケジュールに追われる。これらのプレッシャーに対し、メンバーの向き/不向きを見極めながら、本人の成長を正しくサポートするためにも、「ついてこい」のトップダウン型マネジメントでは限界がある。牧さんはそう感じた。

部下はキミの背中を見ている

牧さんが管理職になった時に、上司から言われた一言。そのメッセージを胸に抱き、現場の景色を変えようと日々挑戦し、部下に背中を見せる。いま、部下に背中を見せられる管理職が果たしてどれだけいるだろうか?

そして、メンバー個人に向き合い寄り添うことが、リーダーと組織への信頼関係を高めると牧さんは確信している。

一年前、九州で設備の立ち上げをした時のこと。サプライヤーの技術者とともに、土日も現場で仕事をしていた。ふと見回せば、ある設備メーカーの技術者が暗い表情をしている。気になった牧さんが事情を聞いてみると、彼は遠慮がちにこう答えた。

「実は明日、子どもの運動会があるんです…」

彼の実家は東北地方。いまから出ないと間に合わない。

仕事は気にしなくていいですから、今から飛行機で帰って! なんなら、月曜日も休んでゆっくりリフレッシュしてください

こうして、彼は実家に帰っていた。

翌週、彼は嬉しそうな顔で運動会の様子を報告した。仕事に笑顔が生まれた。牧さんとの距離も近くなった。

子どもの人生のイベントは、幼稚園の頃から出ておけ」を格言とする牧さん。

とはいえ、職場でプライベートな事情はなかなか話しにくい。だからこそ、役職者や上位者からの寄り添いや自己開示のきっかけづくりが大事なのだ。

エンゲージメント(組織や仕事に対する愛着や誇り)はこうして醸成される。そして、エンゲージメント向上の対象は何も社員だけではない。サプライヤーやベンダー。このような、社外の協力者のエンゲージメント向上も強いチーム作りにつながる。ひいては、その企業に対する社内外のファンづくりにも貢献する。すなわち、組織のブランドマネジメントと表裏一体なのだ。

「ありがとう」があふれる職場をつくっていきたい

「夢に向かってチームで勝てる職場づくり」に向けて邁進する、豊田合成のデバイス生準室。最後に、2人の管理職の夢を聞いてみた。

世の中に送り出す新しい製品に、チームの足跡を残したい

チームの成長を願う牧さん。誇らしい横顔がひときわ眩しい。

『ありがとう』って言われる職場にしたい。『ありがとう』がある職場は気持ちいいよね

そう帯刀さんも目を細める。

豊田合成はBtoB企業である。BtoB企業は、最終的に自分が手がけた製品やサービスを使うエンドユーザーが見えにくく、「ありがとう」が届きにくい。ともすれば自分の仕事の価値ややりがいを実感しにくい。

筆者自身BtoB企業出身、かつ現在もたくさんのBtoB企業の組織活性を支援していて痛感している。だからこそ、身近な人からの「ありがとう」の連鎖は大事なのだ。そして、そのきっかけは現場の中から作ることができる。

働き方改革

──このビッグワードに思考停止、行動停止する組織は少なくない。現場レベルではどうしようもない。そんな無力感が、人々のモチベーションと夢と成長を奪う。外資系IT企業や、スタートアップ・ベンチャー企業こそ素晴らしく、日本の大企業はおしまいのような風潮も漂っている。しかし、思いのある現場の管理職から、職場の組織風土を変えることはできる。変わり始めている。

日本の大企業は変われる

その確信を胸に、年の瀬迫る尾張の里を後にした。

──「前編・体力と根性のマネジメントから現場が『言える化』へ─『イクボス塾』で見せた元・モーレツ管理職の背中」を読む

あまねキャリア工房」沢渡 あまね(さわたり あまね)

IT運用エバンジェリスト。業務改善・オフィスコミュニケーション改善士。ITサービスマネジメント/プロジェクトマネジメントのノウハウを応用した、企業の働き方改革・業務プロセス改善・インターナルコミュニケーション改善の講演・コンサルティング・執筆活動を行っている。

主な著書:『新人ガール ITIL使って業務プロセス改善します!』『職場の問題かるた』『働き方の問題地図』『職場の問題地図』『仕事の問題地図』『マネージャーの問題地図』『ドラクエに学ぶチームマネジメント』『マンガでやさしくわかるチームの生産性』

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