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日本SFの新しいプラットホーム、ここから始まる。

日本SFの新しいプラットホーム、ここから始まる。

 SF出版では海外SF紹介から出発した東京創元社だが、2007年に日本SFの名作再刊に手を染め、2010年以降は創元SF短編賞(募集は前年から)によって次々と新しい才能を発掘してきた。いまや新鮮な日本SFの最重要供給源である。

 その同社が新しいプラットフォームを創設した。オリジナルアンソロジー・シリーズ《Genesis》である。巻末の「編集部より」によれば、年一回、できれば年二回を目ざして刊行をつづけていく由。本書は第一冊目。船出にふさわしく、個性的で読み応えのある作品が集まった。

 創元SF短編賞出身組では、まず、第一回の受賞者である松崎有理、同じく佳作の高山羽根子、同じく選考委員特別賞の宮内悠介が居並ぶ。受賞後の活躍はみなさんもご存知のとおり。しかし、この三人が同じ賞の同じ回からデビューしたのだから、いまから思えばちょっとした奇跡だ。

 松崎有理「イヴの末裔たちの明日」は、汎用AIを搭載したロボットの普及によって、人間が職を追われるようになった未来の物語。ベーシックインカムが支給されるが、その金額では生きていくのがやっとの底辺の人生だ。切羽詰まった主人公が見つけたのは、新薬の治験アルバイトだった。こういう話の流れでは、もうヤバい予感しかしないのだが、そこは松崎さんの作品。治験の様子はリアリティがあり、語りは控えめなユーモアで心地良く、最終的には皮肉な結末にたどりつく。確率変数の隙間をぬって事故死をまぬがれる身体をつくる確率薬理学というアイデアが秀逸だ。ラリイ・ニーヴンが大喜びしそう。

 高山羽根子「ビースト・ストランディング」は、重量上げならぬ〈怪獣上げ〉なるスポーツが流行っている日常を、スタジアムの売店の売り子の目を通して描く。スタジアムは元野球場らしいのだが、この時代には野球というスポーツ自体が忘れられ、売店にあるグッズも失われた文化の遺物と化している。怪獣は空から降ってくるのだが、その由来もよくわからない。よくわからない日常を、あたりまえに生きる者の観点で綴る。そのあてどもない感覚が、高山作品の真骨頂だ。

 宮内悠介「ホテル・アースポート」は、なんと、デビュー作「盤上の夜」に踵を接してミステリの新人賞に応募したものだという。その経緯からすれば習作と位置づけられそうだが、いやいやどうして。この作者ならではの乾いた情感が漂う、珠玉のごとき物語だ。かつて宇宙エレベーターの発着地として栄え、しかし急速に没落してしまった街の、さびれたホテルで起きた殺人事件の顛末を描く。宇宙エレベーターが「星にかけた弦」となり、その震動で奏でられる音がキーイメージとなる。作中の表現を借りれば「究極の低音楽器」だ。その情感が素晴らしい。

 倉田タカシは第四回創元SF短編賞の最終候補になり、翌年にはハヤカワSFコンテストでも最終候補にもなった、両賞を股にかける逸材。もっとも、デビューはこれら賞より早く『NOVA 2』への書き下ろし作品で果たしている。実験的要素のある奇妙な味の短篇、ユーモアSF、ポストサイバーパンクのソリッドな作品と、多彩な側面のある倉田さんだが、本書収録の「生首」は、ちょっと形容のしようがない異色作。しいていえば異常心理もしくは不条理、見ようによってはホラーだとも言える。率直な印象では、別なテキスト宇宙の物語といったところだ。語り手の日常で、しばしば生首が落ちるようになる。誰かの頭部が切断されるのではなく、生首だけが忽然と落ちるのだ。事件沙汰にもならず、ただ生首が落ちる。語り手はとりたてて恐怖を感じず、自分が生首を落としているのかもしれないと考え、あるいは生首が自分に支配されているのかもとも思う。生首は何度も落ちるが、どんな表情をしているか、性別や年齢など具体的な描写は一切ない。何かのメタファーでもなく、生首がただ落ちるのだ。片づかない読後感がいつまでも尾を引く。

 第六回創元SF短編賞の受賞者、宮澤伊織もこれ以前にデビューを果たしており、すでにライトノベルで複数の著作がある作家だ。本書収録の「草原のサンタ・ムエルテ」は、受賞作「神々の歩法」の続篇。異星人の能力を得た少女ニーナが、外宇宙からの侵略者と凄まじいバトルを繰り広げるアクションSFという大枠は前作と同様だが、こんかいは侵略者側も異星人の能力を得た女性、しかもニーナに「友達になろう」と申しでる。しかし、人類への攻撃はやめようとはしない。なぜなら彼女は死の聖母だからだ。殺戮こそ彼女の慈悲である。ニーナをバックアップする、合衆国陸軍分隊の活躍も見どころ。

 久永実木彦は第八回創元SF短編賞の受賞者。本書収録の「一万年の午後」が、受賞後の第一作となる。人類がとうに滅亡した遠い未来で、ロボットたちが人間の残した〈聖典(ドキュメント)〉を頼りに宇宙探査をつづけている。クリフォード・D・シマックの『都市』を彷彿とさせる静かな物語だ。ロボットに個性はなく、むしろ標準から逸脱することは禁忌とされているという設定がもの悲しい。自由意志や運命のテーマを、いっぷう変わった方向からアプローチした作品。残酷で哀切な結末に考えこまされる。

 秋永真琴は、年刊日本SF傑作選『行き先は特異点』に作品が採録されたのが、東京創元社との縁となった。ライトノベルではすでに何冊も著作があり、小説投稿サイト〈カクヨム〉でも活躍とのこと。本書収録の「ブラッド・ナイト・ノワール」は、〈夜種〉と呼ばれるヴァンパイアを主人公とするロマンチックなヒロイックファンタジイだが、設定が非常に凝っている。この時代は人間が稀少種になって〈王族〉と呼ばれ、〈夜種〉とそれなりの共存状態にあった。多くの〈夜種〉にとって、残忍だった時代のヴァンパイアは〈旧神〉であり過去の汚点だが、異端の〈旧神〉信仰者も存在する。ギャングの幹部である〈夜種〉青年の元に、〈王族〉の少女が助けを求めて飛びこんできたところから、物語がはじまる。

 このアンソロジーのトリを飾るのは、創元SF短編賞でゲスト選考委員を務めたこともあるベテラン堀晃。日本を代表するハードSF作家だが、本書に寄せた「10月2日を過ぎても」は、年刊日本SF傑作選『折り紙衛星の伝説』に収録された「再生」につづく、堀さん流の私小説。2018年夏に連続して関西地方を襲った地震や台風を、実生活者の視点で綴っていく。実際の地名を出しながら、堀さん本人が目にした光景とそれにまつわる追想が淡々と記され、そこから宇宙論的な思惟が立ちあがっていく。身体的に感知しうる「身のまわり」を、ひとつの「宇宙」して捉える。これもまた、ひとつのSFの思想と言えよう。

 さて、本書には通常のオリジナル・アンソロジーとはひと味違う、ボーナストラックがついている。二本のエッセイだ。

 加藤直之「SFと絵」は、日本のSFアートを代表する画家による回想。加藤さんが仕事をはじめたころは、宇宙戦艦のデザインに関しては「日本のほうが上手かった。まあそれは『スター・ウォーズ』以降、アメリカやイギリスのSF映画に追い抜かれてしまうのですが」といった証言が興味深い。

 吉田隆一「SFと音楽」は、とかく皮相的に捉えられがちのSFと音楽のむすびつきを、根源的なところから捉え直していて、非常にスリリング。ジャズミュージシャンとして活躍しながら、SFの解説でも鋭い批評眼を見せる吉田さんならではの仕事だ。たとえば、管楽器は「身体の外部に延長された内蔵」、そして「機能する管=生物」を模したロボット—-こうした指摘は、ほかのSF評論家では絶対にできない。

(牧眞司)

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