ゲームとスマートスピーカーのAI活用はどうなる?──スクウェア・エニックスとLINEの開発者が議論

ゲームとスマートスピーカーのAI活用はどうなる?──スクウェア・エニックスとLINEの開発者が議論

昨今ホットワードとして度々取り沙汰される「AI」。実際の企業や製品の導入には、まだまだ課題が多いようです。現状の課題や今後の展望について、第一弾「AIで『ゲームの面白さ』を改革したい!」、第二弾「人間に近いAIとキャラクターぽいAI、好まれるのはどっち?」に引き続き、スクウェア・エニックスからリードAIリサーチャー三宅陽一郎氏と、LINEのClova開発室から佐藤敏紀氏が議論します。

「感じさせるためのAI」と「推し測るためのAI」

三宅:ゲームとスマートスピーカーのAIにおける差異で、決定的に違うところは主導権がユーザーにあるかどうかだと思っています。例えばゲームではユーザーが死にそうになったときに、味方が現れて敵を倒してくれる。「いいやつだなと思ってもらえる」、「ユーザーにこんなふうに感じてほしい」ということが主体の、感じさせるAIなんです。

一方でスマートスピーカーは、スマートスピーカー側が「どうですか?」とユーザーの気持ちを推し測らないといけない、主導権が常にユーザーにあるAIですよね。そういうAIって、作りこむのが難しそうだなと思います。

佐藤:どこまで推し測るかというのは、難しい課題ですね。例えばユーザーが「今日は大変だったよ」と言ったときに、推し測って気持ちが落ち着くような曲をかけると良いかもしれないけど、突然曲がかかったらビックリするかもしれない。でもビックリしないように「曲を流してもよろしいですか?」と聞いてしまうと、気持ちが冷めてしまうかもしれないですよね。線引きが難しい問題だなと思っています。

三宅:そこに、LINEさん特有の機械的でないキャラクター性があると良いかもしれないですね。機械相手だと「これは自分が欲しいサービスじゃない、わかっていない」と感じてしまうかもしれませんが、少し間の抜けたキャラクターなら「なんだか気を遣ってくれているんだな」と感じられるかもしれません。

「本物の人工知能」の難しさ

佐藤:ゲームやAIに人工知能を実装しようとするときに、論文のようなアカデミックな資料は多いですが、実際に開発や実装のお手本になる参考書のようなものって、日本国内にはほとんど見当たらないですよね。

三宅:人工知能学の分野では、アカデミックと社会実装の乖離がありますね。世間的に人工知能のブームは過去にもあったけど、社会的に還元されず、ユーザーには届かないまま終わってしまったように思います。

佐藤:人工知能を一般の製品に搭載することがまだ難しかったからでしょうか。

三宅アカデミックな人工知能学としての流れは、本物のクオリティの高い人工知能を作ろうという方向で進んできました。しかし、未だに脳全体や知能の正体はわかっておらず、その試みは残念ながら発展の途上にあります。

それに対してエンターテインメント側では、ユーザーにこのキャラクターを知能だと思わせようという流れが強いです。フェイクでもいいから知能を作ろうと。

佐藤:80~90年代頃から、人工知能搭載を謳うゲームはありましたよね。

三宅:その頃のゲームは、そもそも何の人工知能も入っていなかったり、人工知能どころではない致命的なバグがあったりということが多かったです(笑)。2009年のGDC(※)では、歴代嘘AIといった発表もありましたね。

GDC…GameDevelopersConference。毎年初春にアメリカで開催されるゲーム開発者向けのカンファレンス。

三宅:ただし、2000年以降は3Dゲームが主流になって、グラフィックの精度が上がり、AIがフェイクだと釣り合わなくなってきました。すごくリアルな3Dキャラがひたすら壁に頭を打ち続けていてはダメだと。そういった風潮で、2000年以降からはギリギリ人工知能が入るようになってきたんです。

「FINAL FANTASY XV(以後、FFXV)」は全世界で840万本以上売れているのですが、搭載されている人工知能は約800万本の中で1人100回動かしたとすると8億回動いていることになります。僕はちゃんとした人工知能を搭載させたい派なんですが、そんなの無理だ、フェイクで十分だという人もいて、ゲーム開発は常にその争いの中にあります。本当の人工知能を待っていたのでは永遠に実装できないので、難しいところですね。

AIの中身を作るのが得意な人がAIを作れるように

佐藤:FFXVの開発では、ゲームエンジン「LUMINOUS ENGINE(※)」を使った開発が話題になりましたよね。

※LUMINOUS ENGINE……スクウェア・エニックスが開発したゲーム開発ツール。エンジニアが担っていたAI制御をプランナーやデザイナーが作成することを可能にした。

佐藤:LUMINOUS ENGINEの「AI Graph Editor」というAIツールでは、エンジニアなど一部の人しか作成できなかったAIグラフを誰でも作れるようにするという意図で開発されたのでしょうか?

三宅:そうですね。大型タイトルを製作する場合だと膨大な数のAIを同時進行で作るので、作成したAIグラフは他の人も理解できるようにしておかないといけないんですが、これまではエンジニアなど一部の人しかできなかった。そこで、実際にゲームAIの中身を作るゲームデザイナーの方たちがAIグラフをメンテナンスできるようにしたかったんです。

AIグラフさえメンテナンスしておけば、開発ツールはエンジニア、AIの中身はゲームデザイナーが作ることができるという分業体制を目指していました。

佐藤:実現できたら素晴らしいと思うんですが、実際にツールを使いこなし、製品レベルのクオリティのデータを生成できる方って、少ないんじゃないのかなって思っています。

三宅:実際にその通りで、僕自身は開発に携わる人全員が使うツールだという想定で作ったのですが、使いたがらない方もいます。本来の実力の8割しか発揮できないのなら使いたくない、と。慣れてもらえたらクオリティにも問題なく使ってもらえると思うんですが、理解してもらうのはなかなか難しいですね。

佐藤:でも、キャラクターやモンスターなど、繰り返しAIを作らないといけない場面では活用できそうですね。

三宅:もちろん、その点はすごく効率が上がりました。例えばモンスターをたくさん作るときには、モンスターの基本の動きのテンプレートを作って、そのデータを上書きして個別に作っていくような感じです。

佐藤:ツールがあることで、エンジニア以外の人が各コンテンツを作ることができるのが良いですね。

三宅:世の中にはAIの中身、つまりキャラクターの思考を作るのが得意なアーティストのような人がいますよね。そういう人がコンテンツ作りに集中できるようにすると。バリエーションを出すという意味では、スマートスピーカーのAI開発においても、長い目で見てエンジニア以外が利用できるツールがあった方がいいですね。

佐藤:Clova開発ではコンテンツを追加するたびにキャラクターの統一性を持たせることが大事なので、必要になりそうですね。

キャラクターの「意識」を突き詰める

佐藤:難しい部分はあると思うんですが、ゲームはタイトルごとに機能をリセットできるという点がいいなと思います。スマートスピーカーは、以前使えてた機能が使えなくなると、そこに価値を感じてもらっていたユーザーには価値がなくなるので、基本的には既存の機能をなくすことはできないんです。

三宅:なるほど、その視点は目新しいです。

佐藤:もちろん大規模にバージョンアップをして中身を全然違うものにすることもできるんですが、あまり望まれません。全く新しいシステムが入っているけど、ユーザーから見ると一貫しているような開発を進めています。

佐藤:スマートスピーカーの開発プラットフォームや外側のデバイスのように進化して変化していく部分はもちろんですが、僕は変わらない中身の部分を一層突き詰めていきたいと思っています。

特に僕自身は言語資源を作る部分に長く携わっているので、より人と話している感じがする、あたたかみがあるコンシェルジュのようなスマートスピーカー作りが目標です。三宅さんはこれから先、キャラクターAIを作ることにおける目標はありますか?

三宅:僕は、最終的にはキャラクターに意識を作りたいと思っています。アルゴリズムとかではなく、キャラクターの存在の根底のようなところで、僕自身はその設計をずっと研究してきました。具体的には、AIが自分自身にフィードバックを戻したり、内部の状態を複雑化したり、環境とキャラクターの間に主観と客観が入り混じった状態を作ったりできるような……結構深いところを目指しています(笑)。そういった深い研究を、シンプルにしてゲームに入れるのが僕の仕事でもあります。

佐藤:三宅さんの書籍「<人工知能>と<人工知性>環境、身体、知能の関係から解き明かすAI」でも、キャラクターAIの意識や哲学的な部分に着目していましたよね。

三宅:はい、著書はこの設計を探求した内容です。

生物は、何万年もかけてどういう風に世界に自分を組み込むかって頑張ってきたので、意識しなくても刺激を解釈して自然に世界に住み着いている。キャラクターにも、環境とか現象的な刺激とか、そこにあるはずのいろいろなものとのインタラクションを作り得るんじゃないかと思っています。

技術はオープンに、コンテンツで勝負する

佐藤:キャラクターAIに関しては、どういった体制で開発されているんですか?

三宅:意思決定のAIは、フルスクラッチ(※)で開発しています。

※フルスクラッチ……既存のプログラムを使わずに一から開発すること。ここではスクウェア・エニックスで独自に開発されていること。

佐藤:AI開発技術は、やはり公開すると他社と競争するのが難しくなるんでしょうか?

三宅:実際には難しいですが、僕はどんどん公開するべきだと思っています。ゲームの開発技術は全てオープンでいいんじゃないかなと。AIはゲームの一要素にすぎず、圧倒的に大事なのはコンテンツなんです。

結局AIエンジンがあっても、デザイナーがいないと如何ともしがたい。むしろツールは、いろんな人に使ってもらって良いデータを出してもらわないとわからないと思っています。

佐藤:Clova開発でも同様に、社内情報に基づいていない資源はなるべく外に出していこうとしています。他社のスマートスピーカーと比べてすごいのはAIの中身なんだと言えるところまで開発が進むと、もっと資源をオープンにできるのかなと思っています。僕個人としては、進化が激しいこの業界でいろいろな会社が協力しあって、みんなが必要とする言語資源やデータを作っていきたいと思っています。

三宅:開発技術やリソースは社会全体で蓄積や改良されて、中身のコンテンツに差異が出てくることが理想ということが、ゲームAIとスマートスピーカーのAIの共通点かもしれませんね。

──3回に渡り、ゲームとスマートスピーカーにおけるAIについてご対談いただきました。第一弾、第二弾もぜひ合わせてご覧ください!

<第1回>AIで「ゲームの面白さ」を改革したい!

<第2回>人間に近いAIとキャラクターぽいAI、好まれるのはどっち?

<対談者プロフィール>

株式会社スクウェア・エニックス テクノロジー推進部

リードAIリサーチャー 三宅 陽一郎氏

京都大学で数学を専攻、大阪大学大学院理学研究科物理学修士課程、東京大学大学院工学系研究科博士課程を経て、人工知能研究の道へ。

ゲームAI開発者としてデジタルゲームにおける人工知能技術の発展に従事。国際ゲーム開発者協会日本ゲームAI専門部会チェア、日本デジタルゲーム学会理事、芸術科学会理事、人工知能学会編集委員。著書に『人工知能のための哲学塾』『人工知能の作り方』、共著に『絵でわかる人工知能』『高校生のための ゲームで考える人工知能』『ゲーム情報学概論』(コロナ社)最新の論文は『大規模ゲームにおける人工知能─ファイナルファンタジーⅩⅤの実例をもとに─』(人工知能学会誌 2017年、AI書庫にて公開)

LINE株式会社 Clovaセンター Clova開発室 VA開発チーム

佐藤 敏紀氏

東京工業大学未来産業技術研究所奥村研究室出身。2008年にヤフー株式会社に入社。スペル訂正技術の研究開発に従事。2012年より現在のLINE株式会社に在籍し、自然言語処理・検索・機械学習関連の業務などに携わる。単語分かち書き辞書生成システムNEologdを開発し、成果をOSSとして公開中。近年はClovaの日本語向けの自然言語理解システムを開発している。 情報処理学会 自然言語処理研究会(NL研) 運営委員。人工知能学会編集委員。データ構造と情報検索と言語処理勉強会(DSIRNLP)を主催。近年の趣味はボードゲーム。ガジェット好き。諸々のユーザIDは@overlast。

取材・執筆:dotstudio, inc. ちゃんとく

大学までは文系で法学を学んでいたが「モノを作れる人」に憧れて知識ゼロからWebエンジニアの道へ。転職し現在はIoT中心のエンジニア・テクニカルライターとして活動。Node.jsユーザグループ内の女性コミュニティ「Node Girls」を主催。Twitter: @tokutoku393 / dotstudio, inc.

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