2018年のチャートから見る“X軸の時代”の到来【世界音楽放浪記 vol.25】

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2018年のチャートから見る“X軸の時代”の到来【世界音楽放浪記 vol.25】

 ビルボードジャパンの年間チャートが発表された。一言で表現すると“X軸の時代”の到来を告げる、象徴的な1年であったと感じる。一次関数のグラフを思い浮かべて頂きたい。横方向が“X軸”、縦方向が“Y軸”。“X×Y”の積が音楽市場の大きさだ。

 かつては、「コンテンツがメガヒットして、大きな利益を生み出す」という“Y軸”的なモデルで、マーケットは縦方向への成長を続けてきた。リスナーは、放送などで知った楽曲を、レコードショップまで赴き、求めた。垂直的方向への膨張が絶頂期を迎えた1998年には、オリコンのデータによると、14曲のシングル、25枚のアルバムが、日本国内でミリオンセラーを記録している。

 その後、音楽市場は縮小を続けたが、2014年に底を打って以来、5年連続で世界的に成長を続けている。それをけん引しているのは「単価は低くても、トータルで利益を生み出す」という“X軸”、つまり水平的方向への拡大だ。主役となっているのは、音楽サブスクリプションサービス(定額聴き放題サービス)だ。

 「HOT100」の首位に輝いたのは米津玄師の「Lemon」。複合チャートの要素を解析すると、CD売上は年間で12位なのに対し、ミュージックビデオ、ツイッターなどのウエブアクセスを始めとした4部門でトップであるのが分かる。いまでも、テレビの音楽番組や、ドラマ主題歌、CMなどでの露出がファーストコンタクトとなり、人々に共有され、CDが購入され、最大公約数的なヒットが生まれることがある。だが、米津玄師は、テレビに出演しない。個の支持の集積が大きな波を生み出した、いわば最小公倍数的なアーティストだと言える。

 第2位のDA PUMPの「U.S.A.」は、ミュージックビデオがリリース前に200万回以上再生された後で、テレビなどで多く取り上げられた。マスメディアを通して人々に幅広い知己を得たという点では既存のヒットモデルの方法論を用いているが、端緒はウエブメディアであり、CD売上では65位である。視座を変えれば、CDで65位でも、総合的に年間2位となることができるのだ。

 「HOT ALBUMS」では、2つの時制が顕在している。圧倒的なチャートアクションで年間第1位となったのは、安室奈美恵の『Finally』だ。「時代」を超えて輝き続けたディーバと共に歩んできたファンにとって、このアルバムは自分の人生の足跡そのもののような存在であろう。続く第2位は、「現代」を共有したファンによって支持されている、米津玄師の『BOOTLEG』。この2枚は、リリースしてから50週以上を経てなお、チャートインを続けている。

 この他の年間チャートも併せて読み解くと、次代への過渡期であることがよく分かる。まさにいま、音楽市場は、「可能性のプロセス」の中にある。主導しているのは、音楽ファンだ。

 「プレイリスト」は、リスナーが編纂する「ベストアルバム」だ。「コース料理」だけでなく、「オードブル」、あるいは「ブッフェスタイル」で、無尽蔵にアクセスできる世界中の音楽の中から、数百・数千という楽曲が、スマホで常時聴けるようになった。お気に入りのアーティストや曲は、年代やカテゴリーにとらわれない、まさに「1人1ジャンル」の選集。それらを、「個でありながら、繋がり合える」というSNSを通し共鳴する。テクノロジーが発達した現在だからこそ、個々人の人生に寄り添い、心に刺さり、「進化」と「深化」が重なりあったところにヒットが生まれる。私にはそのように思える。Text:原田悦志

原田悦志:NHK放送総局ラジオセンター チーフ・ディレクター、明大・武蔵大講師、慶大アートセンター訪問研究員。2018年5月まで日本の音楽を世界に伝える『J-MELO』(NHKワールドJAPAN)のプロデューサーを務めるなど、多数の音楽番組の制作に携わるかたわら、国内外で行われているイベントやフェスを通じ、多種多様な音楽に触れる機会多数。

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