白黒写真をカラー化してSNSで話題に…「記憶の解凍」プロジェクトの原点とは|東京大学教授 渡邉英徳さん
さまざまなシーンで活躍しているビジネスパーソンや著名人に、ファミコンにまつわる思い出から今につながる仕事の哲学や人生観についてうかがっていく本連載「思い出のファミコン – The Human Side -」
今回ご登場いただくのは、東京大学教授の渡邉英徳さん。戦前から戦後にかけての白黒写真をAI技術によってカラー化するプロジェクト「記憶の解凍」がSNSで拡散され、話題となっている人物だ。そんな渡邉さんは、かつてゲーム会社で勤務していたという異色のキャリアの持ち主でもある。「現在の研究の原点」と語る、少年時代のファミコン体験を伺った――
110年前の日本,男の子をおんぶする少女。Arnold Gentheが1908年に撮影。ときおり見返して、少しづつ補正を加えています。「モナリザ」のように、原点になりそう。白黒写真のニューラルネットワークによる自動色付け。 pic.twitter.com/LPLdFQ7Oim
— 渡邉英徳 (@hwtnv) 2018年7月2日
プロフィール
渡邉英徳(わたなべひでのり)さん
東京大学大学院情報学環教授。東京理科大学卒業および同大学院を修了し、筑波大学大学院博士後期課程修了、博士(工学)。株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメントでの勤務経験も。首都大学東京システムデザイン学部准教授を経て、現職。デジタルアーカイブとして、「ナガサキ・アーカイブ」「ヒロシマ・アーカイブ」「東日本大震災アーカイブ」などを制作。他「ほぼ日のアースボール」コンテンツ共同研究・開発にも関わる。(→)
バーチャルな世界が少年時代から好きだった
―― 渡邉先生の「デジタルアーカイブ」とはどのような活動ですか?
2010年に制作した「ナガサキ・アーカイブ」(→)は、長崎新聞社から提供していただいた長崎原爆の投下直後に撮影された現地写真や被爆者の証言を、「Google Earth」を用いたデジタル地球儀上に誰でもアクセス可能なアーカイブとして公開しています。被爆の実相を世界に伝えるためのコンテンツです。
同様の手法で「ヒロシマ・アーカイブ」(→)では、被爆者の証言を広島市内の高校生たちの協力を得て集める形で制作しています。ほかにも「東日本大震災アーカイブ」のように、戦災や災害など過去の災いの記憶をデジタルアーカイブとして未来に伝え、社会に活かしていくための活動と研究を行っています。
――かつては「ファミコン少年」だったそうですが、現在の研究活動にはどのような影響が?
コンピューターの中に現実とは違う世界や別の空間がある、ということに衝撃を受けました。ファミコンで遊びながら、バーチャル空間を自由に旅することがとても好きでしたね。原体験になったゲームは『ゼビウス』です。6つ年上の兄がファミコン版が登場したときに「お前これやってみろ」って、それがきっかけでハマりました。
当時のファミコンゲームって、限られたスペックを駆使したグラフィックで、独特な世界観を表現していますよね。『ゼビウス』であれば、地形や基地やピラミッドの描写、メタリックな表現が好きでした。最初に登場する敵のトーロイドはUFOみたいな円盤のイメージ。物足りないところはイマジネーションで勝手に埋めていましたね。
同じシューティングゲームでも『スターフォース』の世界観は『ゼビウス』とはまた違いますし、『マイティボンジャック』なら古代遺跡が舞台。ゲームの中に仮想世界があって、その空間を想像力で補完しながら探索していく、という子ども時代の経験が現在の活動にも大きな影響を与えていると思います。
自分には金儲けの才能がない
―― ゲーム会社にお勤めだった時期があるそうですね
ファミコンのあと私が買ったゲーム機は、大学生時代のプレイステーションまで一気に飛びます。プレステでゲームの表現が3Dになったことは強烈なインパクトで、『エースコンバット』が特に好きでした。大好きだったゲームの世界観を作りたい、という想いが改めて呼び起こされて、大学院2年のときにソニー・コンピュータエンタテインメント (現・ソニー・インタラクティブエンタテインメント)で働きはじめました。
当時、「ゲームやろうぜ!」というプレステゲームのクリエイターオーディションがあったんです。そのなかには大ヒット作品『どこでもいっしょ』もありましたが、私たちのチームが作ったゲームは残念ながらあまりヒットしなくて……『アディのおくりもの』っていうパズルゲームです。ちなみに私が担当したのは背景画。3Dのイメージを作ってそれを水彩画風に変換したものでした。
―― 大学教員の道に転向したきっかけは?
2年近くゲームメーカーで働いてみて実感したのですが、ゲームクリエイターの先輩たちは、「ゲーム内のルールを作る」ことに情熱を傾けるんですね。しかし私がやりたいのはその方向じゃなくて、「空間をデザインすること」なんだと気づいたんです。
そこで、大学・大学院と建築学を専攻した時の知識や技術を基にして、空間をデザインする仕事をやってみよう思い立ち、翌年に起業しました。それが株式会社フォトンという会社で、そのチームで作ったのが『リズムフォレスト』というサービスでした。
3D空間の世界で動物たちが旅をして、音楽を奏でると木が生えてくる“植林ネットワークゲーム”で、富士通と一緒に協力してニフティで配信していました。ちなみにゲーム課金のうち一部が、実際の植林のために使われる、リアルとバーチャルをつなぐプロジェクトでもありました。他にもKDDIとコラボして、『桜マッピング』という、携帯電話で桜の写真を撮って投稿すると桜前線が描かれる、といった企画も手がけました。
起業家として色々なチャレンジをしたのですが、ビジネスとしてはあまり儲かる方向にはならなくて……「自分はお金儲けの才能がないんだな」っていうことに、次第に気づきました(笑)。そこで自分自身の興味をとこととん突き詰めたり、プロジェクトを創出して世に訴えることができるキャリアとして行き着いたのが、大学教員の道でした。
「記憶の解凍」がバズるわけ
――先生の手がける「記憶の解凍」がSNS上で話題となりました
AI技術を応用することで、戦前などに撮影された白黒写真をカラー化※して、それらの写真をSNSでシェアすることで、コミュニケーションを創発させる活動を行っています。社会にストックされていた資料画像を、SNSを通じてデジタル空間にのせてフロー化することで、記憶を未来に継承する営み、これを「記憶の解凍」と銘打ち、プロジェクトを展開しています。
※参照:早稲田大学・石川博研究室が提供する自動カラー化サイト(→)
―― 「記憶の解凍」プロジェクトについて詳しく教えていただけますか?
大きくバズった投稿のひとつに「終戦直後の上野駅の光景」があります。
73年前の今日。1945年8月15日,終戦の日。玉音放送により,日本の降伏が国民に公表された。写真はその翌年「LIFE」誌に掲載された,上野駅の構内で眠る人々。ニューラルネットワークによる自動色付け+手動補正。 pic.twitter.com/TP6Ibcg054
— 渡邉英徳 (@hwtnv) 2018年8月14日
私たちが普段ツイッターで見ている写真は大抵カラー、しかも「現在起きていること」として認識していますよね。これは情報がフローとして流れているからです。私たちは検索エンジンを使ってどこかにストックされている情報に到達する機会が少なくなっていて、SNSで流れてくるものを何となく現在の情報として受取っています。
そんなタイムラインの中に、AI技術でカラー化した写真を投稿するというのがすごく重要でして、カラー化されていると過去の出来事でもリアリティをもって捉えやすくなるんですよね。その感覚が鮮な驚きを持って受け入れられたから、多くの人にリツイートされたのだと分析しています。
上野駅の戦災孤児たちの白黒写真なんて、もともと昭和史に興味がある人くらいしかアクセスしない。ところがカラー化した写真がSNS上に現れると、過去の出来事が突然現代性を帯びて話題性も生まれます。そして話題にした人たちの記憶にはこの写真と共に歴史の物語が残るわけです。これが「記憶の解凍」という概念であり、その結果、現在を生きる私たちを通じて未来へ継承されていくのです。
私が今回着眼したのはAI技術による白黒写真のカラー化でしたが、これからも新たなテクノロジーがどんどん出てくると思いますが、それらを組み合わせながら、今後もプロジェクトを育てていきたいと考えています。
取材・文:深田洋介
1975年生まれ、編集者。2003年に開設した投稿型サイト『思い出のファミコン』は、1600本を超える思い出コラムが寄せられる。2012年には同サイトを元にした書籍『ファミコンの思い出』(ナナロク社)を刊行。(→)
編集:鈴木健介
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