歴史を映画で描く手本と言いたくなる一本 ― 『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』

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(文=吉田伊知郎/『キネマ旬報 2018年11月上旬号』より転載)

“見ている” が、 “見えていない” 存在

今年は50年の節目とあってか、1968年の回顧を目にすることが多い。世界的な学生運動の盛り上がりが取り上げられがちだが、一方で誰も彼もが運動に参加していたわけではないと矮小化する声もある。

今も、国会図書館からの帰りに国会議事堂の横を歩いていると、シュプレヒコールを上げながらデモ行進する人々と行き交うことがあるが、手際よく避けて帰路を急ぐことにかまける筆者には、何のデモで何を主張していたのか全く記憶に残らない。視界に入ってはいるが、見えていないのだ。

そんなことを1980年の光州事件を舞台にした本作を観ながら思い出したのは、主人公の個人タクシー運転手マンソプ(ソン・ガンホ)が、まさに〈見ているが、見えていない〉存在だったからだ。

冒頭のソウル市街で学生と機動隊の衝突に出くわした運転中のマンソプは、素早く横道に抜けて面倒事を回避する。学生は勉強しろと呟く彼には、何故そんなデモが起きているかは見えていない。ドイツ人記者のピーター(トーマス・クレッチマン)を乗せてソウルと光州を往復すれば10万ウォンが支払われるというので飛びつくが、道路が閉鎖されて荒涼とした光州の市街地を見ても、少しばかり様子が違っていると思うだけだ。

象徴的なのが、学生や市民が軍と衝突する様子をビルの屋上から眺める場面だろう。ピーターたちは地上の様子を悲痛な面持ちで見るが、マンソプは座り込んでおにぎりを食べているので、屋上の手摺壁に遮られて見えない。その場で起きていることも、無関心でいれば気付きもしない。

ソウルに一人きりで残した娘のもとへ早く帰ろうとする彼が命を賭けた行動に出るのは、マスコミが報道しないものを自分が見たことを自覚したからだ。

二重の外部視点で、映画を駆け抜ける

本作が上手いのは、光州事件を描くにあたって外国人記者とソウル市民のタクシー運転手という二重の外部の視点を導入したことである。

事件の全貌や当時の政情を知らなくとも、彼らの視点に寄り添えば、タクシーに同乗して事件の渦中を共に駆け抜けることができる。そして放浪者のチャップリンや車寅次郎よろしく、流しのタクシー運転手によって社会を描くことで大きな共感と感動を呼ぶことが出来る。その意味で男やもめで貧しい暮らしを送り、気性は荒いが人は良いマンソプは古典的な人情喜劇の主人公だ。

実話ベースであることを箔付けした押し付けがましい感動作にせず、派手なカーチェイスや、「シン・ゴジラ」のヤシオリ作戦(!)を思わせる意外な展開まで盛り込んだ映画らしさが細部にまで徹底されており、歴史を映画で描く手本と言いたくなる一本だ。

「タクシー運転手 ~約束は海を越えて~」
●11月2日発売(レンタル同日開始) 
●映像特典(セルのみ)/メイキング、キャラクター紹介、ソン・ガンホが語る「タクシー運転手」、イングリッシュ対決、舞台挨拶、日本向けコメント、著名人コメント集、本予告、特報
●Blu-ray4800円+税、DVD3800円+税
●2017年・韓国・カラー・16:9 1080p hi-Def(Blu-ray)、16:9(DVD)・音声1[オリジナル韓国語]DTS-HD MasterAudio 5.1chサラウンド、音声2[日本語吹替]DTS-HD Master
Audio 2.0chステレオ(Blu-ray)、音声1[オリジナル韓国語]ドルビーデジタル5.1chサラウンド、音声2[日本語吹替]ドルビーデジタル2.0chステレオ(DVD)・本篇137分+特典映像
●監督/チャン・フン 製作/パク・ウンギョン 製作総指揮/ユ・ジョンフン 脚本/オム・ユナ 撮影/コ・ラクソン
●出演/ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン、ユ・ヘジン、リュ・ジョンヨル
●発売元/クロックワークス
●販売元/TCエンタテインメント
DVDレンタル
●発売・販売元/ハピネット

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