くすぶるくらいなら、そこから「逃げた」方がいい―河原あず(コミュニティ・アクセラレーター)

くすぶるくらいなら、そこから「逃げた」方がいい―河原あず(コミュニティ・アクセラレーター)

仕事の悩みの9割は「人間関係」――そう聞いたことはないだろうか。

上司をはじめ、チームメンバーと一度コミュニケーションが上手くいかなくなると、なかなかリカバリーは難しい。

そんなときは「逃げていい」と語るのは、東急グループのイッツ・コミュニケーションズが運営する渋谷のイベントハウス型飲食店「東京カルチャーカルチャー」で多数のイベントをプロデュースしている河原あずさん。自身も「逃げた」経験があるという河原さんに、逃げる=環境を変える重要性について語っていただいた。

プロフィール

河原 あず

1980年生まれ。横浜国立大学卒業後、2003年に富士通株式会社入社。2007年、ニフティ株式会社に転籍。音楽サイト編集職の後、2008年よりイベントハウス型飲食店「東京カルチャーカルチャー」のイベントコーディネーターに就任し、年間200本以上のイベント運営に携わる。2013〜2016年、サンフランシスコに駐在し、現地企業とのコラボイベントを多数実施。帰国後、NHK、伊藤園、コクヨ、オムロンヘルスケア、サントリー、東急電鉄など、数多くの企業コラボイベントをプロデュース。2017年11月より東京カルチャーカルチャーの事業譲渡に伴い東急グループのイッツ・コミュニケーションズ株式会社に転籍。

現在は「コミュニティ・アクセラレーター」として、イベントプロデュースのみならず、企業のコミュニケーションデザインや人材開発などにも携わっている。

Facebookの『過去のこの日』を見て

自分のバリューに気づけた

これまでのキャリアで、河原さんが一貫してこだわってきたのは、「自分なりのバリュー(価値)を常に発していく」こと。

現在はコミュニティ・アクセラレーターとして、東京カルチャーカルチャーを中心にさまざまなイベントの企画やコミュニティ支援に従事している河原さん。

通常イベント運営業では、クライアントの要望を反映し、台本通りに進行を務めるのがセオリー。しかし、河原さんがプロデュースするイベントでは、オリジナリティを追求した「河原あず印」のイベントを行っている。

河原あずさん(以下、河原さん)「いわゆる段取りのしっかりしたイベントは、他の人に任せればいい。僕のバリューが出る仕事ではないと考えています。お客さんが仕事をオファーする際に求めているのはきっと、自分の個性の部分だと思うんですよね。

2年前にシリコンバレーから帰国し、ゼロからこの仕事を立ち上げました。おかげさまで、指名してくださるクライアントも増えてきましたが、他のイベントとの一番の違いは『コミュニティ』を醸成できること。参加者とのエンゲージメント(繋がり)を作りたいけど、その方法が分からないという方からのご相談が多いですね」

今では東京カルチャーカルチャーで開催される多くの企業コラボレーションイベントで河原さんがファシリテート、もしくはプロデュースに携わっている。東京カルチャーカルチャーの外でのイベントプロデュース実績も増えているが、自分のバリューを自覚したのは意外にも最近のこと。昨年は担当する案件は増えてきたものの自信がなく、「自分がこの場にいる価値は何だろう?」と感じていた。最近になってようやく「自分はコレでいいんだと腹落ちした」と河原さんは笑う。

気づくことができた要因の1つに、今年から始めた【3行日記】の存在がある。日記には、印象に残った出来事を3つ、感情と共に記しているという。そうすることで、自分のコアの部分を感情と共に確認でき、自分の精神面のコンディションを俯瞰して見ることができるのだ。

それとは別に、自分がプロデュースしたイベントの後にFacebookにもそのときの思いを投稿している。

河原さん「Facebookの『過去のこの日』という機能が面白くて毎日のように見ています。あれで過去の自分を振り返って気づいたのは、人間の根本は変わらないということ。5〜6年前から、コミュニティやイベントに対する考え方の軸は全く変わっていないんです。どうせ年月を重ねても自分自身の根っこの部分は変わらないし、自分にできることしかできないのだから、自分が活きる方向で振る舞った方がいいなって、開き直れました(笑)」

当時と今とで違うのは、実証されているレベル感。5年前は仮説として投稿していたものが、今は実践を積み重ねた結果によって語ることができる、と自信を覗かせる。

活きない場所でくすぶっていても仕方ない

自分のバリューを明確に意識し、それを活かして全国を飛び回る河原さんだが、実はこれまで2回、大きなストレスに見舞われて「逃げた」経験がある。1つ目は新卒2年目、富士通時代。2つ目はその後転籍したニフティ時代の1年目のことだった。

河原さん「いずれも自分のバリューが活きている感じがしませんでした。周囲が評価するポイントと、自分の発揮したいバリューがずれていたんですね。でも、当時は『自分にしかできないことは何か?』『何がやりたいのか?』と問われても、明確に答えられなかったと思います。自分に自信がないから虚勢を張る。その結果スタンドプレーに走り、周りと上手くコミュニケーションが取れなくなったのではと振り返っています」

そんなときは「逃げてもいい」と河原さんは語る。

河原さん自身、2つの大きなストレスにぶつかった際、転籍や異動という形でガラッと環境を変え、「逃げて」きた。もちろん、それぞれやりたいことがあっての異動だったが、どう頑張っても自分が活きない場所はある。活きない場所でずっとくすぶっていても仕方ないので、ときには潔く距離を置くことも必要だという。

距離を置くか否かを判断するシグナルの1つが「思考停止する時間が増える」こと。河原さんも富士通やニフティでうまくいっていなかった当時、昼休みにはいつも1人で公園に行って、音楽を聴きながらひたすらボーッとしていたという。そんなときは、自分で整理できないくらい考えがからまっているので、一旦解きほぐす作業が必要だ。

しかし、せっかく解きほぐしても、ストレスの原因に触れるとまたグチャグチャになるので、その原因とは一定の距離を取らないと解決には至らないのだ。

現在は自分のバリューを出しながら、周りに評価され、その対価としてお金をいただくという循環が上手く回っており、根本的なストレスはないと語る河原さん。彼は人間のパフォーマンスが最も上がるのは、「自然体」で物事が進んでいるときだと考えているのだという。自分の身の丈以上に背伸びし続けるのは難しい。無理をしても、いずれパフォーマンスが落ちてしまうからだ。

とはいえ、成長するには少しずつ背伸びする必要もある。河原さんの背伸びする方法の1つが「環境を変える」こと。自分が活きない場所から距離を置くだけでなく、環境を変えることは成長するにも重要だという。

河原さん「環境を変えると、新しいことを取り込まざるを得ません。そうすることによって、自分の中にすでにある軸と、新しく加わったバリューが化学反応を起こすんです」

環境を変えるメリットは他にもある。新しい環境に置かれると、とにかく動くしかない。凝り固まった人間関係や環境下における「空気を読む」ことから解放され、自由に振る舞うこともできる。新しい環境で発見したことを自分に取り込むことに集中できるのだ。

異動や転職へ動く前に「できる」こととは

環境を変えるといっても、異動や転職はなかなか気軽にできることではない。では、どうすればいいのだろうか。

河原さん「やりたいことが明確なら、それに従って動けばいいと思いますが、明確でない場合は今いる環境を外から見てみることをオススメします。

休んでもいいし、旅に出るのでもいい。手っ取り早いのは、社外の友だちを増やすこと」

とにかく今いる環境から出て外から見たときに、その環境は相対的にどう見えるか。複数の違う環境を知ると、さらに1つ1つの環境が相対化され、自分の中での価値基準が増えていく。その上で自分が一番心地いいと感じられる環境はどこかが見えてくるのだという。

自分の中の「物差し」のようなものが、どういう環境であればフィットするのか。それは空間的な場所かもしれないし、職業やもっと概念的なものかもしれないが、いずれにせよ「外を知る」ために行動することが大切だ。

社外の友だちを増やすときのポイントは「対話」をすること。飲み会で互いの会社の愚痴を言い合って終わるのではなく、相手がどんな人間かを知り、自分がどんな人間かを伝えるコミュニケーションを取る。

河原さんが3年間駐在していたシリコンバレーでは、社名ではなく「何をやっている人なのか?」を問われることがほとんど。それに対する自分なりの答えを見つけて、表現する必要がある。今いる環境の外に出て、異なる価値観の他者と触れ合うことで、相対的に物事を見ることができ、自分の立ち位置が分かる。

河原さん「今いる環境の外に身を置いて、かつ外の人からの問いかけに自分なりの答えをもがきながら出していく。外の環境を知り、行動に移してみてください。行動する場所を見つける、一緒に行動に移せる仲間を見つけることから始めてもいい。行動といっても、些細なことからでいいんです。そうすることで、自分の価値観が少しずつ明確になってくるはずです」

「行動からしか学びは得られない」というのが河原さんの持論だ。なかなか社外の人と交流する機会がない、違う価値観の人と友だちになるのはハードルが高いと感じる人は、「東京カルチャーカルチャーの河原あずプロデュースのイベントに来てみてください(笑)。自然と色々な方がつながれるようにデザインしているので」と河原さん。

地方でイベントをする機会も増えているが、東京以外にも、全国各地にコミュニティのキーマンとなる人は必ずいる。彼らが大事にしている価値観には共通点があるという。自分の物差しを持ち、多様性を重視し、かつそれを押し付けない。「自分と相手の価値観の共通点と個性に気づけるから、人によっては10分足らず話すだけで、一緒に何かイベントをやろうと意気投合することもあります」と河原さんは笑顔で語る。彼らと触れ合うことで、きっと「自分にとっての物差しを作る」とはどういうことなのかを知るキッカケになるはずだ。

  文・筒井智子 写真・小澤亮 編集・鈴木健介

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