スルガ銀行の強みは実質的に貸出の「無」審査に支えられていたという事実~第三者委員会報告から~(銀行員のための教科書)
今回は二口直土さんのブログ『銀行員のための教科書』からご寄稿いただきました。
スルガ銀行の強みは実質的に貸出の「無」審査に支えられていたという事実~第三者委員会報告から~(銀行員のための教科書)
スルガ銀行が調査を依頼していた第三者委員会が調査結果を報告しました。
この第三者委員会は2018年1月に株式会社スマートデイズがシェアハウスオーナーに対する賃料支払を中止したことに端を発するシェアハウス関連融資問題の発生を受け、ステークホルダーに対する説明責任を果たすことが不可欠として、スルガ銀行が、同行から完全に独立した中立・公正な専門家のみで構成される「第三者委員会」を設置して、事案の徹底調査と原因の究明をしてきたものです。
今回は、この報告書のうち、スルガ銀行の審査体制がどのようなものだったのか、シェアハウスの問題を「プロのはず」の銀行員が気付かなかったのか等について確認していきましょう。
この問題は、銀行のみならず一般企業でも非常に参考になると思います。恐らく「どこかで聞いたような事象」と感じるでしょう。
報告書の内容
今回のは、報告書から審査体制にかかる部分を抜粋して引用します。
【審査体制の問題】
・審査部内の融資管理部は、延滞事案における回収等を行っており、その職務を通じて、 収益不動産ローンの融資基準や審査体制について、次のような問題点を認識し、岡野副社長との間で開催していた「出口から見た気づき」の会議で指摘していた。しかし、当該会議で指摘された問題点は審査部内でも共有されておらず、また、岡野副社長以外の経営層にも届いておらず、収益不動産ローンの融資基準や審査体制の検証を促すきっかけとして十分に活用されなかった。 事後的に見れば、当該会議で指摘された問題点が審査部内や営業企画部内で真摯に検討され、また経営会議や取締役会でも取り上げられるなどしていれば、スルガ銀行の審査体制が早期の段階で改善されていた可能性がある。
・収益不動産ローンにおいて、レントロールの疑義、空室リスクの重大化、満室想定賃貸収入の 70%を返済原資とみなすことの危険性、担保評価額の実勢価格との乖離傾向、家賃保証への過度な依存による不適切な投資判断等の問題が見受けられるほか、収益不動産ローンの延滞案件のほぼ全てで自己資金確認資料が架空・偽造であったこと。
・2016 年 4 月 18 日の「出口から見た気づき」の会議資料では、シェアハウス案件の動 向を今後調査する予定である旨の記載がある。この記載は、当時、横浜東口支店で所属長が変わった直後にシェアハウスローンの融資実行額が急激に伸び始めており、それが融資管理部にとって異常値として不審に映ったことによるものであった。
・収益不動産ローンのリスクとして、①返済原資(年間所得と賃貸収入)の変動リスク、②収益還元法による担保評価額が実勢価格と乖離しがちであること、③適切な判断能力を欠いた顧客による収益不動産投資が見受けられること、④不良チャネルによる不適切勧誘や不正行為の可能性があること、⑤家賃保証・サブリースの過信などがあること。
・シェアハウスローンには次のような重大なリスクが存在したにもかかわらず、スルガ銀行ではその取扱いが開始された当初、既存のアパートローン事務取扱要領が適用され、その後、資産形成ローン事務取扱要領が適用されることとなり、独自の新商品としての審査が行われなかった。審査担当者のなかには、シェアハウスローンの取扱いが開始された当初の頃から、そのビジネスモデルの合理性を疑っていた者が複数いたようであり、そうであればなおさら、シェアハウスローンを独自の商品とみなして新商品の検証を実施すべきであったといえる。
<返済原資の変動リスク>
・シェアハウスローンでは、「年間所得の40%+満室想定賃貸収入の70%」をもって返済原資とみなし、その水準までの年間返済額を許容する融資基準が適用されていた。しかし、30~35年等の長期間にわたって、現在の年間所得が維持されることは現実的でない。また、満室想定賃貸収入の70%についても、満室想定賃貸収入から30%を減じることで、空室リスク、家賃下落リスク、修繕費等の負担、固定資産税等の負担を見ていることになるが、満室想定賃貸収入のわずか30%でこれらのリスクや費用負担を全て考慮しきれているのか懸念が残る。 実際にも、直近の状況で、物件完成済みかつ入居状況の確認が完了した物件の約半数において、シェアハウスの入居率が50%以下にとどまっているなど、満室想定賃貸収入に対する70%の掛け目が空室リスクを考慮するものとしては不十分であったことが事後的に明らかとなっている。
<収益還元法による担保評価額と実勢処分価格との乖離>
・シェアハウスローンでは収益還元法による担保評価額の100%までの融資が許容されていた。特にシェアハウスについては、建物が特殊な構造であるため、市場のニーズに合わずシェアハウスのビジネスモデルそのものが崩壊した際には、担保実行時の処分価値も大幅に下落することが見込まれ、収益還元法での担保評価額が担保実行時の処分価値の実勢から乖離することが懸念される。実際にも、シェアハウスローンの一部127 件を抽出して検証した結果によれば、収益還元法による評価額が積算法に比して平均1.7 倍高くなっており、シェアハウスロ ーンでは担保実行時に回収ロスが拡大する可能性が懸念される。
<サブリースによるリスクの増幅>・サブリースが設定されるとしても、期間が5年や10年の有期であるなど、35年に及ぶ長期間の返済期間をもともとカバーしていない。30年などの長期間にわたるサブリースが設定されることもあるが、シェアハウスのビジネスモデルが崩壊すれば、サブリース会社の財務健全性も同時に毀損され、サブリースによる家賃保証が得られない。このような懸念があるにもかかわらず、サブリースによる家賃保証が喧伝され、投資者の投資判断を歪め、返済能力を超えた融資申込みを誘発するおそれがある。特定のサブリース会社への集中によって、ポートフォリオの分散が図られなくなるという問題もある。実際にも、シェアハウス業者が自転車操業を続けた後に破綻しており、サブリース会社の財務健全性を慎重に検証すべきであったことが事後的に明らかとなっている。
・当初の時点ではシェアハウスローンの試験的な取扱いを許容することがあり得たとしても、次のように、シェアハウスローンのリスクは2015年中頃から2016年にかけて、 複数の審査部内の担当者において認識されるようになっていた。これらのリスクの顕在化に対し、速やかに融資基準の厳格化やシェアハウスローンの取扱中止などが検討されるべきであったが、そのような対処はなされなかった。
・スルガ銀行では2013年10月から一棟収益不動産の定期的調査が実施されており、シェアハウスについても2015年4月頃から物件調査が開始された。その結果、2015年中頃から、シェアハウスの入居状況が芳しくないことが担当者レベルでは明らかとなりつつあった。
・2016年5月のシェアハウス会議では、シェアハウスローンのリスクが明確に分析され、サブリース会社が自転車操業に陥るリスクまで指摘されたが、営業側の意向により、取扱地域や業者を限定して、シェアハウスローンを継続する方針が採用された。
・少なくとも2015年中頃の時点で、空室リスクが重大であることが担当者レベルでは明らかとなっており、2016年5月のシェアハウス会議でシェアハウスローンのリスク特性がより鮮明に指摘されていた以上、速やかに融資基準の厳格化やシェアハウスローンの取扱中止などの対処がなされるべきであったと言える。
・2015年には岡野副社長の指示でスマートライフとの取引が禁止されたものの、その指示は口頭でなされたのみで、実際には別会社による迂回がなされていた。審査担当者においても、現況確認をしたところ、カボチャの馬車の表示があり、スマートライフとの取引が実質的に継続されているのではないかとの疑いが徐々に芽生えていったようであるが、営業担当者への指摘を十分には行うことができず、結果的に、スマートライフがサブリース会社となっているシェアハウスローンが多数継続されることとなってしまった。
・シェアハウスローンを含む収益不動産ローンについての上記のような問題は、審査部の担当者において早期の時点から把握・認識されていた。しかし、次のように、審査の営業からの独立性が確保されておらず、審査部が実効的に機能せず、信用リスクや顧客保護の観点で問題のある融資が実行されるに至った。
・審査担当者が営業担当者に対し、レントロールの偽装の疑義などについて指摘したとしても、すぐに反論され、再度疑義を指摘すると、所属長が登場して威圧的に反論がなされ、最終的には麻生氏(元専務執行役員・Co-COO)が審査第二部長や審査部長に対し、直接かけあって、稟議を押し通していた。
・審査部の役職員のなかには、麻生氏の強圧的な姿勢をもって、恫喝と表現する者もいる(他方で、審査担当者のなかには、麻生氏の特性について、「恫喝というよりも、何を指摘しても反論され、平行線に終わり、結局意見を押し通されることの方が多かった。」と表現する者もいる。)。
・現場の審査担当者は相応に営業担当者に対し、否定的な意見を述べるなどしていたようであるが、最終的には、麻生氏が審査第二部長に厳しく問い詰めるなどして、稟議を押し通していたようである。営業担当者や所属長らも麻生氏に協議した事実を審査担当者との協議材料の決め手として使うようになり、横浜東口支店の所属長は稟議申請書の冒頭に「パーソナル・バンク協議済み」と書いて審査部に承認するようプレッシャーをかけていた。
・審査担当者が否定的な見解であったにもかかわらず、稟議が通された案件において、 審査担当者の一部は審査部限りでの記録として審査意見を残しており、その案件数は200件を超える。その内容を見ると、「家賃設定に疑義あり」といったコメントが目立ち、レントロールの妥当性の疑義にかかわらず、融資実行がされていた案件が多数存在していた可能性をうかがわせる。
・このように審査の現場では、審査担当者が否定的な意見を述べたとしても、最終的には営業側の意見が押し通されて融資実行されることが大半であり、資産形成ロー ンは2015年の取扱開始以降、2017年度上期に至るまで、半期毎の承認率の平均が常に99.0%を超えて推移していた。収益不動産ローン全般について見れば、2008年度上期~2010年度上期は半期毎の承認率は平均80~90%の水準で推移しているのに対 し、2010年度下期以降に承認率が上昇し始めて90%を超えるようになり、2014年度下期以降は99%を超えて推移するようになっている。このような審査承認率の上昇と高止まりは、審査の独立性が徐々に毀損していったことを示すものと思料される。
・また、上記の個別与信の稟議手続のほかに、融資基準の設定を検討する際、審査よりも営業企画や営業本部の意向が優先された事案が多々みられる。たとえば、2014年に審査送付書類が簡素化され、自己資金確認書類を審査部に送付しないこととされたが、この取扱変更は営業企画の要請によるものであった。2016年5月のシェアハウス会議でシェアハウスローンの取扱方針が決定されたのも、麻生氏の判断によるものであった。
・以上のように、融資基準の設定においても、また個別の与信判断においても、審査の営業からの独立性が確保されておらず、結果的に多数の不正行為が広がったり、信用リスク管理の不全を招く原因となったものと考えられる。
以上が審査体制についての第三者委員会報告の該当部分でした。
所見
スルガ銀行の強みはどのようなものだとされていたか、読者の方はご存知でしょうか。
スルガ銀行の強さは、「審査のスピード」「他行が躊躇するリスクがある物件への融資」と言われていました。
「借入の申し込みがあればすぐさま回答を行い」「築古等難しい案件(物件)でもスルガ銀行なら貸出をしてくれる」「その代わりに高い金利をもらう」、それがスルガ銀行の強みとされてきたのです。
筆者は、このスルガ銀行の強みを聞いた際には、「スルガ銀行の行員の異常な残業時間によって支えられているか」、「強力な権限移譲が現場になされているのだろう」と考えていたのですが、第三者委員会の報告書を読むと、いずれも外れだったようです。
スルガ銀行の強みは、実質的には(銀行全体の意思決定としては)「審査を行わない」ことによって支えられてきたと言えるでしょう。スルガ銀行の審査部署の方には申し訳ないのですが、ストップをかけられないのであれば、審査を行っていないことと同じです。
そして、スルガ銀行が「なぜ審査を実施しなくなったのか」と言えば、それは営業に対して審査が牽制できない組織体制だったからです。
銀行では営業がアクセル、審査がブレーキと言われています。
この審査のブレーキが効かなくなったのが今回のシェアハウスへの融資問題の重要な要因なのでしょう。
今回の報告書は他銀行にとって融資基準で重要な示唆を含んでいます。
・スルガ銀行では「年間所得の40%+満室想定賃貸収入の70%」を返済原資とする運営とされていたが、自行の基準はどうか
・自行の年間所得の設定は現実的か(50歳の個人が30年後も今と同じ給与所得を得ているとしていないか等)
・スルガ銀行は満室想定の賃貸収入から30%下落をリスクとして考えていたが、自行はどうか
・審査部署等がきちんと融資対象物件を現地調査しているか、賃料・空室率は正しいか
・業者のサブリース案件にかかる集中度合いは問題ないか
・自行の融資の承認率はどの程度か
以上のようなことを金融庁は銀行に対して調査してくるでしょう。早急に銀行は対応・準備しなければいけないのではないでしょうか。
加えて、このスルガ銀行の審査体制の問題は一般の企業にとっても重要な示唆を含んでいます。
案件の審査部署と、営業との関係性です。
どのような組織も相互牽制が効かなければ、暴走する可能性があります。
しかし、牽制が効きすぎれば、大企業病のようになって動きが遅くなる可能性も否定できません。
この兼ね合いをどのように設定すべきか、スルガ銀行の事例は示唆を与えてくれるかもしれません。
スルガ銀行の今後の存続についてはどうなるのでしょうか。
第三者委員会の報告では、担保となっている物件は空室率が高く、家賃収入も低いものが多いということになります。スルガ銀行は、借入人に返済余力があるか、担保物件の価値がどの程度あるか、で引当金を決めています。借入人が預金残高を改ざん仕手いる等、実質的に返済余力が乏しい場合には(すなわち正常先ではない場合)、担保物件の価値がどの程度あるかが引当金の金額を決めるポイントになってきます。
スルガ銀行は2018年9月末基準(中間決算)で貸出金の自己査定結果等を精査するとしていますので、同行の中間決算に注目したいと思います。
執筆: この記事は二口直土さんのブログ『銀行員のための教科書』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2018年9月17日時点のものです。
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