「大人の都合」では、人の心は動かない。大切にしたい「視点」とは?|スープストックトーキョー創業者 遠山正道さん
食べるスープの専門店として全国展開する『Soup Stock Tokyo(スープストックトーキョー)』。この店を生み出したのが、株式会社スマイルズの遠山正道さんだ。
遠山さんが新卒入社したのは三菱商事。都市開発部門を経て情報産業部門に所属していたが、「生活に身近な仕事がしたい」と、自ら手を挙げて関連会社である日本ケンタッキー・フライド・チキン株式会社に出向。在籍時にスープ専門店を起案し、『Soup Stock Tokyo』を立ち上げた。
その翌年、社内ベンチャーとして株式会社スマイルズを設立。後にMBO(マネジメント・バイアウト)を実施し、2008年オーナー社長となった。
その後は、セレクトリサイクルショップ『PASS THE BATON』、ネクタイ専門店『giraffe』、ファミリーレストラン『100本のスプーン』など多様なジャンルの店舗を展開。アートへの造詣も深く、「瀬戸内国際芸術祭2016」にはアート作品『檸檬ホテル』を出品し、宿泊事業にも乗り出した。
現在は、小規模で個性的なミュージアムをビジネス展開する『The Chain Museum』への取り組みを進めている。
大手企業の一社員の立場ながら、自分がやりたい事業を実現させ、独立起業の道を拓いた遠山さん。どのようにチャンスをつかんできたのか、そして今、社員たちにどんなチャンスを提供しているのかを聞いた。
「会社でガムを噛んでもいいんですか?」「それはお前が考えろ」
「自分で考え、判断し、動く」。
遠山さんにその意識が根付いたのは、社会人になりたてのころ。先輩とのふとした会話がきっかけだった。
仕事中にガムを噛んでいる先輩に「ガム噛んでいいんですか?」とたずねると、返ってきた答えは「自分で考えろ」だった。
「今この場でガムを噛むのはふさわしくないと思えば噛まなければいいし、自分をリラックスさせる手段として最適だと思えば噛めばいい、ということです。そうだよな、と。用意された答えやマニュアルに頼るのではなく、自分で状況を判断する力を養うべきなんだと納得しました。常に、『自分ならどうするか』を考える。そういう意味では、いわゆるつまらない仕事ほどやりがいがあると思うんです」
取引先の打ち合わせに上司と同行する際は、頼まれてもいないのに相手の情報を調べてA4紙1枚にまとめ、先方へ向かうタクシーの中で上司に渡した。自分が提供した情報が会話の中で活かされると、心の中でガッツポーズをした。
「独自に考えたことを試し、それが会社のためになれば、自信が沸いてくる。そして上司に『彼に頼めば指示した以上のプラスアルファが返ってくる』と思ってもらえれば、新たな仕事のチャンスも巡ってくるものです」
「子どものまなざし」×「大人の都合」=新たな価値
「アイディアがあればどんどん提案しろ」という会社や上司は多い。しかし、いくら提案しても採用されないケースもあるだろう。
遠山さんの場合は、会社への提案の際にも、自分ならではの手法を用いた。
パソコンがまだ普及していない時代、「電子メール」の導入の必要性を感じた遠山さんは、「電子メールのある1日」という架空のストーリーを作り、周囲の人に渡した。電子メールを使っている社員たちの姿、コミュニケーションが円滑に行われているシーンを描き出したのだ。
このストーリーは一人歩きし、社長にまで到達。社長室に呼ばれ、直接説明する機会を得たという。
自身のメッセージが口コミのように広がっていった理由を、遠山さんはこう振り返る。「私自身がときめいていたんですよね。これがあれば世界が大きく変わるんだ、というときめきを形にしたから伝わったんじゃないでしょうか。私は世の中の事業や経営というものは『子どものまなざし』×『大人の都合』の掛け合わせによって成り立っていると感じています。『大人の都合』というと、多くは利益やコストといった数値をもとに議論される事象ですが、『子どものまなざし』は形容詞や感嘆詞が中心。すごい、面白い、楽しい、きれい、うわー!といったものです。それがあってこそ、伝えられた人は心を動かすんです。しかし社会経験を積むほど、『大人の都合』ばかりにとらわれてしまう。純粋なワクワク感と、ビジネスとして押さえておくべきこと、これを絶妙なバランスで繰り出せば、人は耳を傾けるし、協力者も集まるんだと思います」
日本発のスープ専門店が誕生したのも、「スープを飲んでホッと一息つく女性の姿」を描いた企画書が多くの人の共感を得たからであった。そこには、遠山さんの『ときめき』が込められていた。
自分の中に「クライアント」を持つ
独立起業後、さまざまな業態へ展開を広げているが、いずれも「今までになかったもの」「自分たちだからこそできるもの」にこだわる。
「今、世の中で見えているのは1割ぐらい。9割ぐらいはまだ見えてないものがあって、そこにはまだまだ価値や可能性があるんです。見えているものをかけ合わせたり、異なる考え方を足したりすることで、今まで見えなかったもの・言語化されなかったものがぽんと生み出されることがある。若い人たちも、今見えているものだけにからめとられていないで、9割の未知なる世界に飛び込んでいって自分の物語を作っていけばいいと思います。新しい価値を生み出すことにチャレンジするのは、やはり面白いですから」
しかし「こんなことをしてみたい」と思っても、なかなか行動に移せない人も多いだろう。
そんな人に、遠山さんは「自分の中にクライアントを持ってみては」とアドバイスする。「自分の中にクライアント、それも結構無茶なことを言うクライアントを置いて、『~しなさい』と命じられているととらえる。現実の仕事では、クライアントからの依頼とあれば、厳しいことでもこたえるように努力しているでしょう。それと同じで、自分の中にいるクライアントを満足させるために、何とか方法を考える。そんな習慣づけをするのもいいかもしれないですね」
強みを「見える化」することで、チャンスは広がる
自身がときめきを感じるままに行動を起こし、チャンスをつかんできた遠山さん。社員に対しても、そんな機会を提供したいと言う。
そこで株式会社スープストックトーキョーにて最近設けたのが、「ピボットワーク制度」。所属する部門に軸足を置きつつ、ほかの部門やグループ会社で働く「複業」を解禁した。運用は始まったばかりだが、すでに『Soup Stock Tokyo』のスタッフが人事部門でアシスタントを務めたり、中目黒のレストラン「PAVILION」でバーテンダーを経験したりと、新たなチャレンジの事例が生まれている。
遠山さん自身も「業務外業務」というサービスにて、社長でありながらファッションコーディネートや一日社員などの「複業」に挑戦している。
「自分が複業に取り組んでみて、『自分って何ができるんだっけ』『自分の得意なことは、金額にしてどれほどの価値があるのか』ということを考えさせられました。自分ができることを『棚卸し』する機会を持つのは大事だと思います。みんなもできることの『見える化』を図れるといいと思います。そうすれば、その人の強みを活かせるチャンスも広がるでしょう」
EDIT&WRITING:青木典子 PHOTO:平山 諭
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