35歳でステージ4のがん告知された会社員が選んだ「後悔のない生き方」とは?

35歳でステージ4のがん告知された会社員が選んだ「後悔のない生き方」とは?

人材紹介会社の営業としてバリバリ働いていた西口洋平さん。2015年2月、35歳のときにステージ4の胆管がんと診断され、生活がガラリと急変したと言います。

告知から3年超が経ち、現在はがんの治療を続けながら会社員として働き、かつ、子どもを持つがん患者のためのSNS「キャンサーペアレンツ」を運営する一般社団法人キャンサーペアレンツの代表理事として奔走しています。彼を今、駆り立てているのは何なのか。そして、キャンサーペアレンツの活動を通して実現したいこととは?詳しく伺いました。

一般社団法人キャンサーペアレンツ 代表理事 西口洋平さん

1979年10月生まれ。2002年、当時まだ創業間もないエン・ジャパンに入社し、営業担当として大阪オフィスの拡大に尽力。2006年に東京本社に異動、営業マネージャーに。その後、子会社への出向、新規事業の立ち上げに伴う子会社転籍などを経験する。2015年2月、胆管がんのステージ4と診断され、働きながら闘病を開始。2016年4月に、子どもを持つがん患者のためのSNS「キャンサーペアレンツ」を立ち上げ、同年9月に一般社団法人化。現在は週1~3日エン・ジャパンの人事担当として働き、週1日は通院、残りはキャンサーペアレンツの活動を行っている。

キャンサーペアレンツ https://cancer-parents.com/

仕事に明け暮れる中での、突然のがん宣告

がんを告知されるまでは、病気とは無縁の生活だった。

小中高大とサッカーに明け暮れ、大学卒業後はまだ創業まもないエン・ジャパンに入社。わずか5人しかいない大阪オフィスを大きくするため、時間を忘れてがむしゃらに働けたのも、体力に自信があったからだ。

「入社3年間で大阪オフィスは50人規模に拡大、4年目には東京に異動すると同時に部下30人を抱える営業マネージャーに昇格しました。目が回るほどの忙しさではありましたが、会社の成長を肌で感じる日々でした」

その後、子会社への出向、人材紹介事業の立ち上げ、買収した人材紹介会社への事業譲渡に伴う転籍なども経験したものの、その都度、置かれた立場で実績を上げるべく仕事に没頭した。まさに、自他ともに認める仕事人間。当時、すでに結婚し、愛娘も授かっていたものの、生活の中心は完全に仕事だったという。

そんな中、ふと体調の異変を感じたのは2014年の夏。人材紹介ビジネスが軌道に乗り、クライアントも定着。自身の営業実績も上がってきたころだ。

「だるさが続き、寝ても疲れが取れない日が続きました。そして、なぜか下痢が止まらない。でも、そんな経験、誰しも一度や二度ありますよね?ちょっと疲れを貯めすぎてしまったのだろうと、大して気にも留めませんでした。しかし、たまに病院にいって下痢止めをもらう…を繰り返していたら、気づけば半年も同じ状況が続いていて、体重が5キロも減っていたんです」

この時点でも、「ストレスかも?」とまだ大ごとには捉えていなかったが、「いい加減、下痢をなんとかしたくて」原因を突き止めるべく内視鏡検査を実施。しかし、胃も腸もきれいで、細胞検査の結果も問題なかった。しかし、検査結果を聞きつつ、何が原因なんでしょうかね…などと話しているときに、医師が「目に黄疸の症状が出ている」ことに気づいた。

「精密検査のために検査入院を勧められましたが、その時点でも、がんなんて欠片も思っていませんでした。せいぜい1、2泊程度だと楽観視して入院したのですが、忘れもしない入院3日目の2015年2月5日、思いもよらず胆管がんの告知を受けたのです」

青天の霹靂だった。疲れが取れない、下痢が続くという症状はあったものの、当然ながら毎日会社に出勤し残業だってこなしていたし、きっかけになった内視鏡検査だって「下痢を止めたいから、念のために受けておこうか」という軽い気持ちからだったので、大きなショックを受けたという。

仕事は?家族は…?答えの出ない悩み、不安に押し潰されそうに

手術は2週間後。病院のベッドの上で、いろいろなことを考えた。

「告知された瞬間は『人生終わった』と思いました。がんに対する知識が全然なかったので、がんになったらすぐに死ぬという先入観があったのです。死にたくない、痛いのは嫌だ、抗がん剤治療をしたら髪の毛が抜けるのかな、激やせしちゃうのかな…そんなステレオタイプな不安が次々と頭に浮かび、涙があふれました」

でも、さんざん悲しみ落ち込んだ後、「どうやらすぐ死ぬわけではなさそうだ」と気づき、少し気持ちが落ち着いた。

「もともと楽観的なタイプ。今現在痛いところはないし、何なら元気だし、手術して悪いところを取ってしまえば何とかなるんじゃないか?と思った」という。

「ただ、悩みや不安の矛先が、自分自身のことから仕事のこと、家族のことに移りました。手術して復帰できても、今までのような働き方はできそうにない。家族を養うお金はどうすればいいんだろう?とか、子どもが2カ月後に小学校に入学するのに、闘病生活に入ったら入学式に出席できなくなるかもしれない。そうなったら子どもになんて説明しよう?とか。大阪にいる両親のことも気がかりでした。もし僕が死んだら悲しむだろうし、妻と子どもとの付き合いはどうなるんだろう…なんて。どれも答えの出ない悩みなのですが、ただただそんなことを考え続けました」

「同じ境遇の仲間と出会いたい」と、若いがん患者のSNSを発案

▲病室での西口さん

そして手術の日を迎えたが、結論から言えば、がんを切ることはできなかった。開腹した結果、腹膜やリンパ節への転移が見つかり、場所的に切除が難しかったのだ。こうなるともはや根治は望めず、抗がん剤で進行を遅らせるという方法以外にない。このとき初めて、最も進行度の高い「ステージ4」と診断されたという。

手術までの2週間で胆管がんについていろいろ検索し、「手術できれば5年後生存率は五分五分だけれど、手術できなければ厳しい」というデータを見ていたため、祈るような気持ちで手術に臨んだが、この結果を受けて「遅かれ早かれ、確実に死がやってくる」と覚悟した。

ただ、今まで西口さんを悩ませていた下痢はピタリと止まった。がんの影響で胆管が詰まり、胆汁が流れなくなったのが下痢の原因。そこに管を入れる処置をしたため、「体感的には元気」な状態になり、気持ちも少し上向きに。早く仕事に復帰したいと、退院後すぐに、当時勤務していたエンワールド・ジャパンに相談に行った。

「ラッキーだったのは、当時の人事部長が、病気の社員対応に関する知見を持っていたこと。今使える有給休暇が何日あるか、4月に付与される有給休暇は使ったほうがいいのか、それともまずは欠勤にして通院用に残しておいたほうがいいのか、使える制度や傷病休暇などはあるか…など、テキパキと動いてくれて、上長にも相談し適切な働き方を考えてくれました。おかげで、仕事に関しては、ひとまず安心感が持てました」

ただ、入院中に考えた「答えのない悩み、不安」は常に付きまとっていた。

仕事には復帰できそうだけれど、その先はどうなる?もし病状が悪化したら?今の給与制度は歩合率が高いから、この状態だと収入はがくんと減りそう。それでやっていけるのだろうか?

そして、子どもにもいつかはちゃんと話さなければならない。でも、どうやって伝えればいいのだろう…。

「でも、周りにこんなことを相談できる人はいませんでした。同じような境遇の人に話を聞きたい。あなたはどうしたのか、教えてほしい。…私と同じように、仲間を探している人はきっと大勢いるはずなのに、出会うきっかけがないことにもどかしさを感じました」

そんなとき、友人に「がんを経験した当事者だからこそ、課題に感じていることがあるのでは?」と、ヘルスケアに関するビジネスコンテストに誘われ、若いがん患者の仲間と出会えるコミュニティサービスを発案した。西口さん自身が「欲しい」と感じたものを、企画化した格好だ。

コンテスト自体は「仲間と出会えない=パイが少ないということ。ビジネス的にスケールしないという理由で、箸にも棒にもかからなかった」というが、コンテスト用に作ったベータ版をベースに、コンテストでのアドバイスを踏まえて、2016年4月、子どもを持つがん患者のためのSNS「キャンサーペアレンツ」を独自に立ち上げた。

周りに仲間がいないから、このようなSNSを立ち上げたわけだが、作ったからといって勝手に仲間が集まってくるわけではない。始めはなかなか会員が増えず、どうやって当事者(がん患者)にこのSNSの存在を伝えればいいか頭をひねり、「メディアを使う」ことを思いついた。

「テレビ局や新聞社、雑誌社、ウェブメディアに、手当たり次第に売り込みのメールを送って…目を引くために『もうすぐ死にます』なんて書いてね(笑)。ほとんどのメディアは無視でしたが、週刊ダイヤモンドから連絡が来て、2016年8月に『死生観』の特集があるのだけれど、こんなテーマでも良ければ取材させてもらえないか、と。もちろん大喜びで取材を受けたところ、私のインタビュー記事部分がヤフーニュースに転載されて、SNSの登録者が一気に200人ぐらい増えたんです。この経験を機に、『このサービスを求めている人はたくさんいる。どんどん露出して、当事者にキャンサーペアレンツの存在をもっと広く伝え続けなければ!』と決意しました」

誰もが気兼ねなく話せて、納得できる場を作りたい

▲愛する娘さんと

それから2年が経ち、キャンサーペアレンツの会員数は約1800人にまで拡大した。中心層は、40代。家族を持ち、子どももいる、まさに西口さんと似た境遇のがん患者が多く集まる。

会員からは、「仲間がほしいけれど、出会う機会がなかった。こういう場があってよかった」という声が届く。

「がん当事者の悩みはデリケートです。患者会に参加しても、大半が60代以上で子どもの話ができなかったり、若い人がいてもがん治療が原因で子どもを諦めた人もいるから話しにくかったりする。仕事のことも、生活費や子供の学費、家のローン、これからのキャリアステップ、転職についてなど、働き盛りの世代だからこそ抱える悩みや葛藤があります。そんなとき、キャンサーペアレンツに来れば、誰かしら同じような悩みに直面した先輩がいて、『私の場合はこうした』と経験談とアドバイスをくれるんです。これはがん当事者にしか答えられないことであり、病院や医師、看護師に聞いてもわからない。ほかではできない話を、気兼ねなくすることができて、かつほしい情報が得られる場になっていると自負しています」

がん当事者が置かれた境遇はさまざまであり、悩みもさまざまだ。西口さん自身、「仲間が得られれば、自分が抱いていたさまざまな悩みや不安の答えが見つかるのではないかと思っていたが、このSNSを運営してみて、『正解なんてない』ということに改めて気づかされた」という。

「ただ、情報が何もない中で取る選択と、経験者の声やアドバイスを得たうえで取る選択とでは、質が全然違うだろうし、何より本人が納得したうえで選択できるはず。キャンサーペアレンツはそういう情報が得られる場所であり続けたいと願っています」

ビジネスパーソンとしての経験とスキルがあったからこそ、臆せず行動できた

今の目標は、キャンサーペアレンツの「事業化」。これだけのネットワークを運営するには費用が掛かる。もしも、自分が運営できなくなる日が来ても、このSNSが継続し続けられるよう、利益を生む体制を整えて行きたいと考えている。

「現在取り組んでいるのは、企業との協業。例えば、製薬会社からの依頼で、特定のがん治療薬を使っている会員に生活状態をリサーチしたり、抗がん剤の影響で食べ物がのどを通りにくい人に対して、食品メーカーの飲料や食品のモニター調査をお願いするなどして、団体、会員双方にフィーをいただくという取り組みを行っています。また、病院や大学などの研究機関への調査協力についても、話を進めています。会員数が増えれば、ゆくゆくは会員データをビッグデータとして活用する方法も考えられると思っています」

SNSの性質上、ビジネス化するのはどうかという声も一部にはあるが、「このコミュニティを継続することに意味がある」と西口さんは考えている。

「がん患者が必要な情報を得たり、頑張っている仲間の姿を見て活力を得たりするなど、『がん患者の心の拠り所』になるのはもちろんですが、キャンサーペアレンツをもっと広く社会に浸透させて、多くの人が『もし将来がんになったら、キャンサーペアレンツにアクセスしてみよう』と思えるぐらい、“当たり前のように存在する場”になりたいですね。がんになったら関わるものではなく、がんになる前から関われるような仕組みも作っていきたいと思っています」

西口さんが抱えるがんは、とてもシビアなものだ。しかし、ステージ4と診断されて3年超の今も、週に1回の通院をルーティンにしつつも、キャンサーペアレンツの活動、会社員としての仕事、そして今回のような取材対応や講演会・セミナーへの登壇…と毎日精力的に活動している。自身の取り組みにやりがいを持つこと、そして大きな目標を持つことが、西口さんの活力源になっているのかもしれない。

それにしても――と、西口さんはこれまでを振り返り、「ビジネスパーソンとして努力し頑張ってきた経験があるからこそ、がんになってからも、臆せず行動し続けることができていると実感する」と話す。

「病気になって、キャリアの選択の幅は狭まりましたが、仲間がほしい、SNSを作りたい、法人を立ち上げたい…という思いを実現することができたのは、これまでビジネスパーソンとして培ってきた経験やノウハウがあったからこそ。アイディアを企画化してビジネスコンテストに出したり、キャンサーペアレンツを売り込むためにPR文面を考えてメディアにアプローチしたり、そして現在は事業化のために企業や研究機関に売り込んだり…と、いずれも『やりたい』だけで終わらせず、すぐに行動に移すことができました。いざやりたいことが見つかっても、実現する力がない、というのは残念なこと。目の前のやるべきことに全力で取り組むことが、いつか自分を生かす武器になるのだと、今、心から実感しています」

  EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山諭

 

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