関東最後の秘境、奥鬼怒温泉が最高すぎた
数分間隔で運行される電車が目の前で行ってしまった時、悔しいと感じた。
同時に、自分は生き急いでいるのではないかと思った。
会社員として働いていたころ、常に余裕がなく、焦っていたように思える。フリーライターになって落ち着くかと思えば、もっと余裕がなくなった。
そんな時はきっと、思いっきりゆっくりする必要がある。急ぐ必要のない場所で、心ゆくまで落ち着きたい。
そんな思いをもって、栃木県奥鬼怒の「加仁湯」という温泉宿を目指した。
SL大樹に乗って鬼怒川温泉へ
JR新宿駅から特急電車で約2時間、栃木県の下今市駅に到着した。僕は人生で初めて、ある乗り物に乗る。
それがこちら、SL大樹(たいじゅ)だ。2017年に東武鉄道が約半世紀ぶりに復活運転を行ったSLで、東武鬼怒川線下今市駅から鬼怒川温泉駅までの12.4㎞を走る。大変かっこよく、蒸気と汽笛も相まって迫力が凄まじい。
蒸気を帯びている。蒸気に興奮したのは生まれて初めてだ。
乗り込むと、少しレトロな車内が待っている。SL観光アテンダントと呼ばれるお姉さんも同乗し、明るく車内案内などをしてくれる。
SL大樹は多くの人に見送られ、ゆっくりと走りだしていった。乗り心地はとても安定していて、電車だと「揺られて」なんて表現が使われるが、SLは「引っ張られて」というイメージで進む。まるで力の強い巨人が引っ張ってくれているかのようだった。
なんとなく、SLはシュッポシュッポと電車より速く進むイメージがあった。
SL大樹はこちらの想像よりも、はるかにゆっくりと進む。強めにこいでいる時の自転車くらいの速度で進む。「途中から速くなるんだろうな」と思っていたが、ずっと変わらないスピード。
イメージとのギャップに困惑していると、アテンダントさんのアナウンスが車内に響いた。
「皆さま、右手をご覧ください!」
「ああ、なるほど! 車窓からすごい景色を見られたりするのかな」
そう思い右の窓を見ると、畑作業をしているおじいさんが手を振っていた。
「おじいさんが手を振っているな」と思いながら見ていたら、アナウンスが続いた。
「おじいさんが、手を振ってくれています!」
見えたままだった。
気づけば、たくさんの人がSL大樹に手を振っていた。見事な絵を持って立っている人もいた。SL大樹がこの地域に愛されているのがわかるし、温かい気持ちになる。ゆっくり進むから、人の顔がハッキリと見えて、みんなが笑顔だった。
一瞬だけ見える景色とか珍しい建物とかではなくて、人と自然をちゃんと見ることができる。SL大樹は、ゆっくり進むことに意味がある乗り物なのだろう。
恥ずかしながら少し手を振り返すと、心が穏やかになっていくようだった。
車内ではカメラマンさんがそれぞれの席を回り、写真を撮ってくれていた。撮影は無料で、気に入ったらオリジナルフォトフレームに入れたものを1,100円で購入できる。
せっかくなので、お願いしてみた。「ハイ、チーズ」でパシャリではなく、「はーいたーいじゅ(大樹)」と言われ、シャッターが切られた。
景色や人に癒やされ、最後に特有のユーモアを浴びた僕の写真は、ちょうどいい笑顔になっていた。
35分ほど引っ張られ、SLは鬼怒川温泉駅に到着した。
駅前広場では、SLの向きを変える転車台を間近で見ることができる。
SL大樹とはここでお別れ。ほっこりするような不思議な乗り物だった。また会いたいなと願いつつ、奥鬼怒方面に向かうバスに乗り込んだ。
険しい山道で森林浴
鬼怒川温泉駅から日光市営バスに2時間弱揺られ、終点の女夫渕(めおとぶち)へ着いた。
ここは関東最後の秘境と呼ばれる、奥鬼怒というエリアになる。
目的地である加仁湯まで、1時間以上も山を登るらしい。
運動などほとんどやってこなかったので、体力に自信がない、そんな僕のような方は、鬼怒川温泉駅から加仁湯の送迎バスも利用できる。ただし、今回はあえて山歩きを選んだ。
険しいとわかっている山へ向かい、一歩を踏み出す。きっと、とても疲れるんだろう。ヘトヘトになるんだろう。でも、そんな状態で入る温泉は最高じゃないだろうか。温泉に入った瞬間に疲れなんかすべて忘れてしまって、きっと車で行くより最高だと感じるはずだ。そう自分に言い聞かせ、歩を進めた。
「クマに注意!」「山を甘くみないで!」など怖い看板がいっぱいある。気を引き締めて登ろう。
加仁湯の位置を地図で確認していたら「オロオソロシの滝」など怖い名前の滝がたくさんあったけど、気にしてはいけない。
「最初がキツい」と聞いていたので多少は覚悟をしていたが、洗礼といわんばかりの階段から始まった。
しばらく進むと、険しい山道が姿を現す。石や根っこで足場が危険なので、女性はヒールじゃないほうがいいだろう。
関東最後の秘境という呼び名はだてじゃなく、加仁湯への道はものすごい大自然に包まれている。川沿いを歩き、斜めになっていた倒木をくぐり、自然の岩でできた階段を大股で登った。
川の対岸にはサルがたくさんいた。あまりに普通にいるのでビックリした。水浴びをしながら、みんなでゆっくりしていた。
45分ほど歩き、とても疲れたので、川沿いで休憩した。近くに小さな滝もあって、ゴウゴウと流れる水の音を聞きながら座っていた。マイナスイオンなのか、気持ちの問題なのかはわからないが、本当に体力が全回復した。
リフレッシュして再び歩きだす。加仁湯はまだだろうか。
こんなに説得力のある看板を、ほかに知らない。
落石に気をつけながら歩くと、建物が見えてきた。
ちょうちんが見えて、大きく「加仁湯」の文字があった。
奥鬼怒温泉郷 「加仁湯」に到着
着いたー!!!
すごい達成感。このために歩いた。送迎バスではなく、あえて歩いていく人が結構多いという話にもうなずける。
ではさっそく入ろう。もう入りたい。源泉かけ流しの最高の温泉に。いざ。
最高。
最高。
最ッッッ高!
急に語彙力が大きく失われてしまうくらい、山登り後の、大自然の中にある温泉は最高だった。
加仁湯では5種類もの源泉が楽しめる。5つすべてが源泉かけ流しの温泉で、泉質やにごり具合もそれぞれ違う。時間はたくさんあったので、しっかり全種類堪能した。
食事のメニューにも珍しいものがあった。熊は宿でさばいているらしい。
熊(写真手前)と鹿(奥)の刺身
熊の刺身は濃厚、鹿の刺身は淡白で、どちらもとてもおいしかった。
最高の温泉と食事ですっかり癒やされ、気づけば眠っていた。
鬼怒川温泉郷を楽しむ
翌日は加仁湯さんのバスで送迎してもらい、1時間以上かけて歩いた山を10分そこそこで下りた。
日光市営バスに乗り換えて鬼怒川温泉駅に戻り、お昼ご飯を食べる。
駅前にある「れすとらん八家」の日光まいたけ天丼と小そばのセットは、優しい味でおいしかった。
腹ごなしに周囲を軽く歩くと、お土産屋さんを見つけた。
「おみやげ 一揆」ってすごい店名だなと思ったら「一楽」だった。
購入した温泉まんじゅうを食べながら、東武ワールドスクウェアに歩いて向かってみた。
25分ほど歩いて到着。世界中の建造物のミニチュアが飾られ、世界一周の気分が少し味わえる空間。
グルリと世界を一周し、そろそろ出ようかと思った時、あるミニチュアが目に入った。
あれは……? まさか……!
SL大樹だ!
力強く走っていく大樹のミニチュアを見て、思わず手を振ってしまう。
不思議とじんわりした気持ちになり、こんな旅も素敵だなと感じながら、しばらく大樹を見ていた。
もう少しゆっくりしてから帰ろうかな。
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