【及川卓也×Datachain】ブロックチェーンでデータ流通に革新を―Fintech以外の応用分野とは

【及川卓也×Datachain】ブロックチェーンでデータ流通に革新を―Fintech以外の応用分野とは

ブロックチェーン技術の拡大や応用が進む中、2018年3月、ブロックチェーン技術を基盤としたデータプラットフォーム事業の運営を目的として、株式会社Datachainが設立された。CEO久田哲史氏とCTO木村淳氏、アドバイザリーボードメンバーでもある及川卓也氏が、テクノロジーの可能性とそのビジネスモデルを語り合った。

データ格差を打破し、企業間のデータ共有で世界のビジネスを変える

2018年2月20日、ブロックチェーンテクノロジーを基盤としたデータプラットフォーム「Datachain(データチェーン)」の構想が発表された。

「Datachain」は、ブロックチェーンテクノロジーとトークンエコノミーを基盤とした、今まで世の中に出てこなかったデータを取引し活用することができるデータプラットフォームだ。

「Datachain」が掲げるミッション、ビジョン、そして解決したい課題とは何か、Datachain代表取締役CEO 久田哲史氏、Datachain取締役CTO 木村淳氏、アドバイザリーボードメンバー及川卓也氏に語ってもらった。

■鼎談メンバー

久田哲史氏

株式会社Datachain代表取締役CEO。株式会社Speee取締役ファウンダー。2007年、Speeeを創業し、代表取締役に就任。2011年、新規事業創出に専念するため代表を交代。2018年、Datachainを設立し、CEOに就任。

木村淳氏

株式会社Datachain取締役CTO。株式会社Speee執行役員。国内初のアドフラウド対策技術を開発するMomentum株式会社の創業メンバーおよびCTO。2017年、同社をKDDIグループ会社に売却後、Speeeにジョイン。2018年にDatachainを立ち上げ、現任。

及川卓也氏

MicrosoftでWindowsの開発後、Googleにおいて検索製品のプロダクトマネージメントとChromeの開発に携わる。その後、スタートアップを経て、独立。2月からDatachainのアドバイザリーボードに就任。

「Datachain」が掲げるミッション・ビジョンと課題

及川:仮想通貨以外のブロックチェーン技術の応用は、技術的にもビジネス的にもとても面白い分野だと思います。

私自身がデータ活用には以前から興味があり、自治体などのオープンデータ普及のお手伝いなどもしていますが、それがなかなか普及しない理由は、データを提供する側のインセンティブ設定ができないことにあると思っていました。

その難題を「Datachain」はクリアしているように見えます。そもそも、Datachainを始めるにあたっての、ビジョンやミッションはどういうものだったんですか。

久田:ビッグデータ、AIという潮流がある中で世界にはデータが溢れているイメージがありますが、本当に重要なデータはまだまだ共有されずに、死蔵されているのではという問題意識が私たちにはありました。

Datachainでは、特定企業が保有する、これまで第三者に共有が難しかった重要データを、ブロックチェーンで安全を担保しながら、企業を超えて流通させることができます。

クローズドデータがブロックチェーンによって安全に共有され、あらゆる産業に役立てられる社会を実現する——というのが私たちのビジョンです。

株式会社Datachain代表取締役CEO 久田哲史氏

及川:そうしたデータマネジメント・プラットフォーム(DMP)ができると、世界はどう変わるんでしょうか。

久田:最初はデジタルマーケティング領域におけるデータ流通から取り組みますが、私たちの狙いはそれだけに止まりません。

例えば、医療分野で言えば、病院間で電子カルテや画像診断の情報を安全に共有することで、疾病や製薬の研究が進むはずです。

教育であれば、日本中の生徒の課題の進捗やテスト結果を共有して解析すれば、一人ひとりに合わせたダイナミックなカリキュラムが整備されるようになるかもしれません。

今はまだ、医療や教育のデータを共有して解析することに対して、ハードルがあります。でもそういったデータの活用にこそ価値があり、解くべき課題であると思います。

あらゆる産業にブロックチェーンを基盤としたデータプラットフォームが広がっていったら、と考えています。技術的にこういうことができるのだ、ということだけでは社会は変わらないので、まずはマーケティングで実証し、文化を作る、という話をしています。

もともとインターネットもそうですが、ブロックチェーン技術の本質には分散化・分権化ということがあると思います。

現在は、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)が世界中のデジタルデータを支配しているという構造がありますが、このデータ格差を変えることも私たちのミッションです。

ただ、私たちプラットフォーム側がデータをすべて集約してしまえば、新たな支配者が生まれるだけ。自分たちがデータを保有するのではなく、あくまでもデータ流通に徹したいと考えています。

ブロックチェーン技術を最大限活用する

及川:データ自身はデータを持つプロバイダ企業が保持している。Datachainはその流通を促すプラットフォームを目指すということですね。

ところで、なぜこれまで共有できなかったデータが共有できるようになるのか。技術的には何が核になりますか。

木村:そこにブロックチェーン技術が活用できると考えています。これまでのように特定企業が中央集権的にデータを管理するシステムですと、その企業がセキュリティ認証をとっているとか、アクセス制御を実装していると謳っていても、外側から第三者は各取引のその精度を検証することはできませんでした。

そこで、データプロバイダーを含む複数事業者によるコンソーシアム型のブロックチェーンを構築することで、データ利用に多数の事業者の承認を得る必要性を課すことができるようになり、またそのログを公開することで取引履歴の第三者検証が可能となります。

ブロックチェーンを利用することで、中央的に一社独占で管理されたログではなく、複数の事業者による承認されたログが残るため、正しく動作しているという保証が得られる。それにより、従来よりも安全なデータ取引が可能になるわけです。

さらに、それらのログとデータ利用による効果を関連付けることで、透明性、公平性を保ったままにデータの価値付けを実現できるのではないかと考えています。

株式会社Datachain取締役CTO 木村淳氏

ブロックチェーン技術における課題

及川:逆にデータ流通にブロックチェーンを使うことによるデメリットはないですか。クライアントサーバーのような以前のシステムに比べると、トランザクションのスピードが落ちてしまうということがよく言われますが。

株式会社Datachain アドバイザリーボード 及川卓也氏

木村:Ethereumなどを代表とするパブリックチェーンの中には、その課題を抱える場合があります。CryptoKittiesが盛り上がったときも顕著でしたが、外的要因によりトランザクション遅延が発生したり不安定になりがちです。

また、重いデータ処理をコントラクト上で実行すると、必要となるコストも従来のパブリッククラウド上で実行するアプリケーションと比較するととても高くなってしまいます。

そのため、パブリックチェーンを採用しつつも、実際のデータ処理の単位では、サイドチェーンを併用することでコスト削減やトランザクション承認の速度の改善を図ることができると考えております。

及川:なるほど。欠点を回避する仕組みを考えているのですね。ちなみに、Datachainに参加するプレイヤーはどんな企業なのでしょうか。

木村:データを提供するデータプロバイダー、データを利用するデータユーザー、データ連携のためのアプリケーションを開発するアプリケーションパートナーの3つになると思います。

どんな企業もプロバイダーやユーザーになれますが、アプリケーションパートナーは、初期はアド領域のDSPやアドネットワーク、加えてCRMアプリケーションなどを開発している企業を考えています。

また、初期のデータユーザーとしては例えば、広告主などを想定しています。

Datachainが考えるトークンエコノミー

久田:ブロックチェーンテクノロジーで大切な情報を共有できる仕組みができたとしても、共有するインセンティブがないと誰もデータを提供・共有しようとはしません。

データの流通を促すためには、トークンエコノミーという仕組みが欠かせません。

トークンエコノミーで重要なのは、まずデータ取引の基軸通貨を作るという概念です。データの世界の円やドルを作る、ということを話しています。

企業が持つデータはいま最も重要な資産であるはずなのに、従来の貨幣で価値を示すことができないために、財務諸表的にはゼロ円の評価にしかなりません。

しかし、今後あらゆる価値がトークン化される未来が来る。私たちはそれに先駆けて、データのトークンを作ろうとしています。

データを提供して利用されるとトークンが得られる。そのトークンで他社のデータを活用できる。その媒介にDatachain Tokenがなるイメージです。

独自トークンを流通させるためには、自社で取引所を持つ選択肢が現実的です。私たちも仮想通貨交換業のライセンスを取得して取引所を作ることを計画しています。

この新しい経済圏の中では、得たトークンをデータ購入のために積極的に利用する企業もある一方で、将来の値上がりを期待して保有する企業もあると思います。

しかしみんな値上がりを期待すると、トークンは交換に使われなくなる。通貨には価値の尺度と保存、交換という機能がありますが、交換が進まなければ、エコシステムは発展しません。

価値の交換が絶えず発生するように、時には中央銀行的な役割を私たちも果たしていかなければならないかもしれません。

及川:まさに日銀のような中央銀行ですね。人々に投資を呼びかけるという。こうしてデータ流通が活性化すればするほど、経済圏も広がり、Datachainもマネタイジングがしやすくなるわけですね。

久田:その意味ではデータ流通を拡大することで世界をよくするという我々のビジョンと、マネタイズの方向性は一緒。だから、真正面からミッション実現に取り組んでいけば、ビジネスとしても成立するという仕組みになっています。

最先端技術で何が解けるか。技術起点の事業をハイブリッドで進める

及川:Speeeはとても事業立案が上手な企業で、事業プランを技術で支えながら、いくつもの事業を成功させてきました。

しかしその反面、常にビジネスモデル構想が先にあって、技術が後から追いかけるという構造もあったように思います。私は、その構造は変えていく必要があると思っているんです。

スタートアップ企業がよくやるように、事業と技術を同時にスタートさせるということがあってもいい。Datachainはこうしたスタートアップ的な動き方をしていると思うんですが、それはあえて意識したんですか。

久田:はい、プロダクト・ものづくりを軸に考えています。事業のミッション・ビジョンを大切にして、技術で何ができるかということを追究したい。

今回のDatachainはその意味では、技術起点で発想された事業です。ブロックチェーン技術で何ができるのかという話が先にあり、後からその技術特性を生かして解ける意義ある課題と組み合わせていきました。

及川:技術が先にありきで、それで何ができるかを後から考えるというのは、普通はダメなパターンですよね(笑)。しかし、Datachain事業はそこがうまくできている。木村さんがジョインされた影響も大きいですよね。

木村:以前からブロックチェーンについてはアドテク領域でトレンドを追う中で、海外では広告取引の透明化をブロックチェーンでを用いて証明できる、というプロダクトがいくつか出てきていたことで興味はありました。アドテック×ブロックチェーンで何が実現できるのかと。

ブロックチェーンのような新しい技術を用いて新たな価値を生むことができる事業をしたいと思っていた矢先に、久田さんに誘われたのですが、一緒にやることは決まっていても、Speeeにジョインした時は、何をやるのかは決まっていなかったんです。

久田:本来、起業ってだいたいそういうものですよね。まず誰とやるかを決めて、何をやるか考える。Datachainはスタートアップ的に立ち上げるということにこだわっています。

オフィス環境もSpeeeと分けて、新しい文化づくりもしやすくしていきます。もちろん、Speeeという基盤があることも強みのひとつだと思っています。

仮想通貨交換業には、法務・会計をはじめとして、強固な管理体制が必要です。ゼロからそれを構築することは、採用もそうですし、投資としてもかなり難しいです。

ライセンスがないとリリースできない事業に取り組む場合、プロダクト開発も含めて数億の資金が必要になるケースが多いと考えています。

プロダクトリリース前にそれだけの資金をスタートアップが集めることはなかなか厳しく、ここがクリアできているのは大きいです。

及川:スタートアップとミドルベンチャーの両方の特性をハイブリッドするというのはいいですね。その上、Datachain事業を離陸させるために、Speeeの既存事業との連携もできるというのもメリットじゃないかな。

久田:プラットフォームにはデータプロバイダーやデータユーザーが不可欠。最初にSpeee社内の事業が参加することで、実証実験がすぐに始められます。

デジタルマーケティングでのアセットも多く、スケールさせていくフェーズでも良い連携ができると思います。

効率化ではなく新しい価値の創造に貢献する

及川:エンジニアを新たに採用することで、事業展開をスピードアップしなくてはなりませんが、どんな人材を求めているのですか。

久田:開発では、ブロックチェーンエンジニア、設計サイドのデータサイエンティスト、実装サイドのデータサイエンスエンジニア、さらにプラットフォームや取引所開発のためのアプリケーションエンジニア。

それらをリードするエンジニアリングマネージャーの5つのカテゴリーで人材採用を進めています。なかでもすぐにでも欲しいのが、ブロックチェーンエンジニアですね。

及川:ここは今ものすごい争奪戦ですね。

木村:もちろんブロックチェーンそのものに精通した人がいたらすばらしい。しかしまだ市場にはほとんどいないし、今後、どういう問題にぶち当たるか未知なところもあります。

ただ、基本的なコンピュータサイエンスや暗号理論のバックグラウンドがあれば、新しい技術も理解がしやすいとは思います。あとは仮想通貨やブロックチェーンの領域に関心があるかどうかが重要ですね。

また、我々の作ろうとしているトークンはこれまで可視化されていなかったデータの貨幣的な価値を可視化するものです。そのためにはそのデータの何が重要であるか、きちんとデータの価値を評価しなければなりません。

そこで、私たちはデータの価値評価を支えるアルゴリズムを自分たちで作ろうとしています。これは、データサイエンティストにとっても、大きなチャレンジングになると思います。

久田:また、仮想通貨取引所というと、セキュリティへの関心も高い。そういった意味では、セキュリティ分野におけるスペシャリティも重要になってきます。

及川:そうですね。ちまたの仮想通貨ビジネスはどうしても交換所の運用がメインの仕事になりますが、Datachainはデータの流通そのものを活性化させるところを自分たちで始めなければならない。

セキュリティデザインまで自分たちでやらないと、流通網が構築できないですから、セキュリティ技術の高度化は当然ですね。

ところで、ブロックチェーンというと、どうしてもFintechの一部とみなされがちですが、それ以外にも応用領域があるんだよ、それは魅力的なんだよということをどう伝えますか。

久田:Fintech領域において、現時点ではブロックチェーンは産業構造の合理化・効率化のための技術に重点が置かれていると思うんです。

ただ、ブロックチェーンはそれらだけでなく、新しい価値の創造に可能性があると考えています。データ流通は、そのひとつの応用分野ではないかと感じています。

木村:また、ブロックチェーンについてはまだ研究・調査段階である企業が多いです。Datachainは実際に事業に適用しようとしています。自分たちの技術がすぐに世の中に提供され、世の中を変えていく。

今ブロックチェーン領域のプロダクトを作っている人たちが、数年後にこの技術をリードしていると思います。このタイミングだからこそ、チャレンジする面白さがあります。

及川:これまで大学等でコンピュータサイエンスをきちんと学んだエンジニアが、日本企業できちんと評価されているか、活躍しているかとなると、はなはだ心許ないところがあります。

たしかにそういう人たちは企業の研究所にはいるでしょうが、その成果が外になかなか出てこない。ところが、Datachainはこうしたコンピュータサイエンスの技術が、システムの設計や実装にすぐ反映され、しかも事業として成立する可能性を多いに秘めている。

技術と社会のダイナミックな対話が期待できる場、ということは言える。聞けば聞くほどチャレンジしがいがある事業だと思いました。

私もその期待感をみんなと共有しながら、これまでの経験をアドバイスできたらいいなと思います。

執筆:広重隆樹 撮影:刑部友康

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