相手を‘管理’するマネジメントはもうやめた。たどり着いたのは全く新しい組織のカタチ|平安伸銅工業株式会社
一人のカリスマ社長が強力に引っぱって結果を出す企業や、個々のスキルに合わせて役割を分担し、ピラミッド型の指揮系統で大きな成果を上げる企業。構成するメンバーや会社の成り立ちによって業績を伸ばす組織の形は違います。
「突っ張り棒」や「突っ張り棚」のシェアでトップを走る大阪市の平安伸銅工業株式会社は、現・代表取締役 竹内香予子さんの祖父が1952年に創業した会社です。アルミサッシ製造で立ち上げた事業を2代目社長だった父が家庭の収納用品製造へシフトさせ、2015年に香予子さんが引き継いでさらに発展させました。
香予子さんが後継者として平安伸銅工業に入社したとき、父が強烈なリーダーシップで率いていた状況に大きな違和感があったといいます。しかし改革を進めて築いたピラミッド型の組織もまた「求めているものではない」と、新たな方法の模索を始めました。
今回は、香予子さんの夫で同社の常務取締役を務める一紘さんを交え、「これからの組織」について話をうかがいます。竹内 香予子(たけうち かよこ) (左)
1982年兵庫県生まれ。2006年に産業経済新聞社に入社、新聞記者として滋賀県で警察・行政担当を経験。2009年に新聞社を退職し、翌年父が経営する平安伸銅工業に入社。同時期に一紘さんと結婚。2015年1月代表取締役就任。老舗を改革する経営者としてイベントやメディアで数多く紹介され、注目を浴びている。
竹内 一紘(たけうち かずひろ) (右)
1980年滋賀県生まれ。2002年、建築設計事務所に就職して一級建築士の資格を取得。その後は滋賀県庁に転職し、建築系の法令や公営住宅にまつわる業務に従事。2010年に香予子さんと結婚、2014年4月に平安伸銅工業に入社。現在は常務取締役として経営に携わっている。
父のカリスマ性に頼る経営から、ピラミッド型組織へ
香予子さんが平安伸銅工業に入社したのは2010年、前職の新聞記者を辞めての転身でした。ゆくゆくは会社を継ぐつもりはあったもののその機会は予想より早く訪れます。入社1年ほどで前社長が体調を崩してしまったのです。社内で協議し、娘である香予子さんが経営を任されることになりました。
「私が入社したときは、社内のすべてが社長である父の決定で動いていました。父が『こうしたい』と指示を出して、その目的に向かって社員が仕事をする。求めるゴールに対して最短・最低コストの労力で結集するという点では最適で、実際に業績を伸ばしてきました。でも、私がここに一従業員として入ったとしたら、果たしてこれが幸せな働き方と思えるのか疑問を持ったんです」社員の提案が取り上げられるどころか「提案してよい」という発想自体が生まれていませんでした。このままでは10年後、20年後の存続が難しいと感じ、香予子さんは代表に就任したあと大胆な組織改革を行います。
個々の社員が社長の指示を待っていた「トップダウン型」をやめ、部門ごとに責任者を決めその下に部下を置く「ピラミッド型」を目指したのです。この大改革を進めるにあたって力になったのは、2015年に滋賀県庁から同社に転職した夫・一紘さんでした。
「僕たちは、これまで社長に集中していた権限を社員に委譲しようと考えました。経理のことは経理の責任者、開発のことは開発の責任者に決定権を持ってもらい、社員が自由に発言して彼らの自主的な決定によって事業を進めたかったからです。でもこれはうまくいきませんでした」
原因は、従来の「トップダウン型」に慣れた社員が自分で決定する責任をとても重く捉えてしまったからでした。「上が決めてほしい」「そこまでの責任を負いたくない」と大きな反発を受け、管理職を任せたかった何人もの人材が会社を去りました。
「ピラミッド型」だけがマネジメントの正解ではない
香予子さんは新聞社、一紘さんは県庁での勤務を経験し、大企業が構成する「ピラミッド型」の組織についてはよく知っています。初めはその形を自社に当てはめれば効率的な経営ができるのではと考えていました。
「改革を始めてから人材が入れ替わり、古参社員と新規社員とでヒット商品を生み出すこともできました。ただ目指していた『ピラミッド型』の組織運営からはまだまだ遠い状態です。私と一紘さんの考えだけでは進めきれないかもしれないと思ったとき、ある働き方イベントに登壇してヒントをもらったんです」
2017年11月に東京で開かれたイベントのテーマは「自分の名前で働く」。個人と企業の関係を見直し、組織の中でできる自分らしい働き方を考える会でした。ここでモデレーターを務めていた株式会社オムスビ 代表の羽渕彰博(ハブチン)さんをはじめ、従来の型に囚われない働き方を実践する人たちに出会えたのが新たな転機になったといいます。
このイベントで二人が注目したのは、「ピラミッド型」よりもっと社員が自由に動ける緩やかな組織でした。
「食べるために働くならアルバイトでもいい。でも平安伸銅工業に入社した社員は、ここで人生を豊かにし社会に貢献することを選んでくれた人たちです。それなら仕事やプライベートの枠をこれまで以上に外して、みんなが『やりたいこと』をもっとストレートに実現できる場を平安伸銅工業で作ろうと考えました」
型にはまった組織論から離れ、メンバーそれぞれが思いやアイディアを語れる社風を作る。実現にかかるリスクはオーナーである自分たちが心に留め、任せられることは積極的にメンバーに任せてみる。一紘さんも香予子さんの考えに賛成しました。「僕たちは、社員に権限を委譲するには『ピラミッド型』しかないとずっと思い込んでいました。役割を与えてちゃんと遂行しているかをマネジメントすれば、仕事が順調に回ると考えていた。でもマネジメントって言い換えると管理ですよね。相手を管理するということは、相手を信頼していないから発生する業務じゃないかと思ったんです」
効率的な経営を考えようとすると、マネジメントの概念はつきもの。しかし一紘さんは「マネジメントという名の行動チェック=相手を信頼していない」と思い至って「今までどのくらいの時間を『疑うこと』にかけていたのだろう」と愕然としたといいます。
そこで同社は「トップダウン型」とも「ピラミッド型」とも違う組織を目指して、株式会社オムスビのREBORNチームのサポートを受け、2018年から新しい試みを始めました。
「管理」という概念から離れた緩やかな組織
まず手がけたのは社員のヒアリングです。REBORNチームが協力して気兼ねのない意見を引き出しました。
「働く上で『私は本当はこんな人間で、こんなことをしたいんだ』という生の声を拾いたいと思いました。みんな無意識に会社が掲げている事業メニューが頭にあって、やりたいと思っていても『これは関係ないから無理』とあきらめてしまう。そのリミットを外したら何が出てくるのか、知りたかったんです」心の奥にある願望を意識化する作業は「人間は心底やりたいことに爆発的な力を発揮できる」という香予子さんの持論にも基づきます。ただし目新しいことだけを掘り出すのが目的ではありません。一紘さんは先達が積み上げた信頼と実績も活かす道を探ります。
「会社を変えるのも大きな目的ですが、平安伸銅工業には何十年もかけて培った技術力とお客様からの信頼があります。この財産と今の人たちの新しい視点で、僕たちの時代に合った新しい価値を作れないかと考えています」
第1段階のヒアリングは2018年3月に終わり、これまでの議論では思いも寄らなかったアイディアや考え方が集まっています。ある子育て世代の女性スタッフは実体験をもとに新商品を提案しました。彼女は日々「こんな商品はどうだろう」と考えていたものの、パートタイマーという立場やグラフィックデザイナーという職域に縛られて提案を遠慮していたといいます。また、古株の男性エンジニアからは「増員してから社員同士での気遣いが少なくなったのでは」と指摘がありました。
「このヒアリングを通じて、私たちはスタッフの埋もれた才能に気づくことができたと同時に、才能を埋もれさせてしまっている可能性を認識しました。また、組織が成長する中で失ったものがあるのかもしれないと、はっとさせられました」
取り組みを始めてから、一紘さんにも自分の変化を感じる印象的な出来事がありました。
「先日、ある社員がお客様とのトラブルを自分で解決して事後に報告してきたことがありました。今までなら報告して指示を仰ぐのが筋だと考えて『なぜ報告しないのか』と叱っていたしょう。でも彼が自ら行動して営業とも調整を終えて、解決したならそれでいいじゃないかと思えたんです」
管理職がすべてを知らなくても、メンバーが自主的にお客様に迷惑がかからない方法を選択するならそれで構わない。管理という概念から離れられるかもしれない、と予感した瞬間でした。
「もちろんこれは、私たちと社員の信頼関係が前提です。『社員は必ず会社に良かれと思って行動するだろう』という会社からの信頼と『会社のための行動はマイナスにならない』という社員からの信頼、この土台をうまく築けたら今までの会社組織とは違う形ができるのではないでしょうか」
組織にこだわらない、過去の蓄積と新しい視点の両方を肯定する多層的な場。いろんな種が心地よく芽を出せる「土」のような存在が次の目標です。実現へのプロセスは「オーナーがいかに社員を信用するか」を試されるプロセスでもあります。
「決まったことをルーティンで回すのではなく、新しい付加価値がどんどん生まれて事業が活性化するサイクルを会社の強みにしたいですね。それができる体制に変えていくのが、今の私たちの役割だと思っています」
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