傷ついた人の心に寄り添う連作ミステリー〜岡崎琢磨『春待ち雑貨店 ぷらんたん』
雑貨店というもののイメージが変わったのはいつのことだっただろう。昔の雑貨店で売られていたのは生活必需品で、「雑貨屋さんにおつかいに行ってきて」と言われれば、買ってくるものはちりとりやたわしやわら半紙だった(22〜16歳になる我が家の息子たちは、”わら半紙”を知らなかった。ショック。しかし、ということはこのコーナーを読んでくださっているお若い読者のみなさんもまた、ご存じないのですよね。ダブルショック)。一方、現在女性を中心に人気の雑貨店で扱われる商品は、かわいい食器やきれいなアクセサリーに香りのよいアロマなどだ。
本書の主人公は、京都・北山のハンドメイドアクセサリーの店である『ぷらんたん』を営む30歳の北川巴瑠(はる)。プランタンとはフランス語で春を意味する言葉だそうだ。学生時代に雑貨店でアルバイトを始めた巴瑠は店長から教えてもらったアクセサリー作りに夢中になり、その店にも商品として置いてもらえるまでの腕を持つようになる。大学を卒業した後もバイトを続けながら、並行して作家活動を続け、ついに独立して店を構える運びとなったのが3年前のこと。そして先日、つきあって半年になる恋人・桜田一誠からプロポーズされた。順風満帆な人生のように思えるが、巴瑠はある秘密を抱えていた…。
本書は4 編からなる連作短編集。いずれの作品においても日常の謎が提示され、巴瑠が、そして時に一誠も協力してそれらを解いていく。例えば最初に置かれた短編「ひとつ、ふたつ」では、ひとりの客が店のホームページに送ってきたメールに、謎が含まれていた。「以前に店頭で見かけたイヤリングを3種類すべて購入したい。ついては、通常の代金を支払うので、すべて片方だけ売ってもらうことは可能か」と…。本書は日常の謎というジャンルに分類できる内容ではあるが、4編の中にはけっこう重めの悪意に満ちたものもある。巴瑠自身が(そして実は一誠も)痛みを知る者だからこそ、傷ついた人々の心に寄り添うことができるのだろう。とはいえ、巴瑠や一誠も聖人君子というわけではない。時には自分の悩みに押しつぶされそうになったり、相手とぶつかり合ったりしつつ、それでもお互いを思う気持ちを大切にしようとする姿勢に胸を打たれる。
そこに置かれた美しい品物の数々を手に取ればかなしい気持ちやつらい思いが和らぎ、またがんばろうと思わせてくれるのが現代の雑貨店。でも、ふと思い返してみると、私が子どもの頃おつかいに行っていた雑貨屋さん(「○○商店」的な屋号のお店だったと思うが)の一角にも、数量はわずかだけれど素敵なものも置いてあった。小学校で交換するのが流行っていたかわいいメモ帳やきれいな色の消しゴム、何色も入った折り紙…。もしかしたら生活に欠かせないものを売っているという意味では、雑貨店は今も昔も共通しているのかもしれない。だって素敵なものって、なくても生活することはできるかもしれないけど、あればきっと心が豊かになる。お金がなくて何も買えないときでも、ウインドウを眺めているだけで元気がわいてくることもある。
著者の岡崎琢磨氏は『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』(宝島社文庫)でデビューし、同作は半年で50万部という大ヒットを飛ばした。同書は「このミステリーがすごい!」大賞の最終候補に残ったが、実は受賞作ではない。”隠し玉”という制度、すなわち将来性の感じられる応募作については、著者と編集部が協議を重ねて改稿したうえで刊行する、というやり方で世に出たものだ。期待の新人というプレッシャーに押しつぶされることなく、著者はその後も順調に作品を発表されている。珈琲店や雑貨店といったいわゆる女子受けしそうな舞台でありつつ、ストーリー的には甘いだけではない小説が多い。それでも、ビターな中にも希望を感じられる結末に勇気づけられる読者は多いに違いない。幸せにはさまざまな形があって、誰もがそれを求めていいのだということに向き合っておられる作家だと思う。
(松井ゆかり)
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