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30代半ばで「公務員を辞めたい」。その時、妻や母など“周囲の反応”は?

東京国税局に13年間勤めたのち、一念発起して2017年7月からフリーのライターとして活動を開始された小林義崇さん。どんなきっかけで、東京国税局での仕事を離れフリーのライターとして活動をしようと考えるようになったのでしょうか?また、フリーとして活動をするにあたり、奥様やご両親の反応はどのようなものだったのでしょうか?

小林さんのキャリアの選択を通じて、「私たちは何のために働くのか」「どのようにキャリアを選択するのか」について、考えられればと思います。全2回の本連載、前回は「フリーライターになる決意をした理由」についてお話しいただきましたが、今回は「公務員を辞め、独立したいと切り出したときの周囲の反応」についてです。f:id:k_kushida:20170922153712j:plain

小林 義崇(こばやし よしたか)

1981年生まれ、福岡県北九州市出身。埼玉県八潮市在住のフリーライター。西南学院大学商学部卒。

2004年に東京国税局の国税専門官として採用。以後、都内の税務署、東京国税局、東京国税不服審判所において、相続税の調査や所得税の確定申告対応、不服審査業務等に従事する。2014年に上阪徹氏による「ブックライター塾」第1期を受講したことを機に、ライターを目指すことに。2017年7月、東京国税局を辞職し、ライターとして開業。

フリーライターの小林義崇です。

前回の記事でお話した、私が公務員を辞めて独立をするまでのプロセスには、様々な人が関わっていました。その中でも私がとりわけ気を使い、悩んだのが、一緒に仕事をしていた職場の方々と、家族。今回は、前回の記事のバックストーリーとして、私が周囲からのプレッシャーをどう受け止め、前向きに独立できたのかをお話します。

公務員でいることのメリット、辞めることのデメリット

「公務員は安定していていいよね」と言われることがあります。私もその通りだと感じていました。ある程度の収入が保証され、病気や事故などトラブルがあったときの福利厚生も充実。車や住宅のローン審査も当然のようにクリア……。このように挙げてみると、公務員でいるメリットは少なくありません。

新卒で東京国税局の職員に採用された私は、他の会社の勤務経験がありませんから、他と具体的に比較することはできませんが、恵まれた職場という自覚はありました。今でも一生続ける価値のある仕事だったと思っていますし、ライターという新たな道が見つからなければ、定年まで勤めていた可能性も十分あったでしょう。

ですから、私が退職するにあたって、たびたび困ったのが、「退職する理由を説明すること」でした。公務員を辞めてフリーランスになると人に告げると、たいていは、「なんで?」という反応。次には「職場で何か嫌なことがあったの?」といったネガティブな質問が続きます。

しかし、職員として過ごした13年間に大きなトラブルはなく、人間関係も良好。上司の期待も感じていました。運もありますが、実績を評価され、東京国税局長から2年連続で表彰されたこともあります。私が退職したタイミングは、これからさらに大きな仕事を任されたり、部下をもったりと、仕事の幅が広がっていく時期でもありました。ですから、私が退職した理由に、職場への不満などネガティブなものは、ほとんどなかったのです。

このような状況にあって、退職する理由を周囲の人たちに理解してもらうのは、なかなか難しいことでした。とりわけ、職場の上司や家族には、どのように説明すればいいのかと悩むことも多かったのです。

退職を「止めてほしい」のか、「応援してほしい」のか

公務員の職場は「誰も辞めない」という前提で物事が進んでいます。年に2回、上司と人事異動の希望などについて面談する機会があるのですが、その場では「どの部署を希望するか」ということは聞かれても、「転職の可能性」が話題になることは、まずありません。

そんな環境のため、「ライターになるか、職場にとどまるか」と迷いを抱えていた最初の頃、個人的に親しいごく一部の人を除き、職場の人に相談することはありませんでした。やはり、いったん口に出してしまうと、もう引き返せないのではないか、という不安があったんですね。

ただ、放っておくと、私が辞めない前提で色々なことが動いていきます。ですから、少なくとも私の人事に直接関わる上司には説明しないといけないと思い、ある日、上司と個別面談をする機会に、ライターとしての将来を考えていることを打ち明けました。独立から約2年前のことです。

そのときの反応は、「気持ちは分かるけど、焦らず考えなさい」というもの。頭ごなしに反対されることはありませんでしたが、私に子どもがいることなどを理由に、心配され、思いとどまるよう促されたと記憶しています。

当時の私は、独立後の具体的な展望もなく退職を決めかねている段階。ですから、その上司の言葉には、むしろホッとしたことを覚えています。結局、私のことはうやむやなまま人事異動を迎え、上司は別の人に変わることになります。

次の上司とも、やはり個別面談の機会がありました。前回の面談のときとは違っていたのは、その頃には、退職後の仕事の状況も見えてきており、自分の中でも退職への意志が固まっていたことです。

ですから、仮に上司から反対をされたとしても、自分の意志を通さないといけないと思い、やや緊張して面談に臨みました。ところが、独立の希望について打ち明けたときの上司の反応は意外なものだったのです。

「やりたいことがあって羨ましい」「私ももっと若かったらなぁ」

そのような言葉だったと思います。ライターという仕事について多くは聞かれませんでした。ただ、「私にはやりたいことがあり、それをやるためには税務職員を辞めなければならない」という点を理解してもらえのだと思います。面談を終えてからは、「独立後の仕事を考えて、やっぱり残りたいと思えば撤回しなさい」と、猶予期間も与えてもらいました。

それからしばらくは、その上司など、私の人事に関わる方にしか退職することは伝えていませんでした。少しずつ周りの人たちにも打ち明け始めたのは、退職予定日の3ヵ月くらい前からです。

それからは、過去に一緒に仕事をしたメンバーや、同期など、多くの人に送別会を開いてもらいました。「これから楽しみだね」「本が出たら買うからね」と応援してくれる方。「ご家族を大切に」と心配される方。涙を流してくださる方。多くの人たちに暖かく送り出してもらいました。

「辞めない前提」の職場を辞めるわけですから、私はある程度の批判を受けることを覚悟していました。それにもかかわらず、暖かく受け入れてもらったことを、ありがたく感じました。

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