ニッポンのジレンマに欠けていたもの

ニッポンのジレンマに欠けていたもの

今回は千正康裕さんのブログ『センショーの官僚のお仕事と日常のブログ』からご寄稿いただきました。

ニッポンのジレンマに欠けていたもの

NHKのETVで放送された「新世代が解く!ニッポンのジレンマ 決められないニッポン~民主主義の限界?」についての発言集を、ブログに掲載しました。

「ニッポンのジレンマの議論まとめ(民主主義の限界)」 2012年04月02日 『センショーの官僚のお仕事と日常のブログ』
http://ameblo.jp/senshoyasuhiro/entry-11210759577.html

【番組HP】 
http://www.nhk.or.jp/jirenma/

最終的には僕が考えていることとそれほど変わらない話に収斂(しゅうれん)していったので、あえて意見を書かずに発言集となったのですが、この番組の議論に欠けているものがあると感じたので、今日はそのことを書きたいと思います。

なにが欠けていたのでしょうか? それは、政策の供給側の視点です。
番組のパネリストは、哲学者、評論家、NPO等の実践家、歴史家、投資家と比較的バラエティに富んだ構成でしたが、政策を作る側の人はいませんでした。それゆえ、現実政治に詳しい人が投資家の方のみでした。政治を職業としていない人ですが、どうやって政治を動かしていくかということにはとても詳しい方でした。いわゆるロビイングの知識が豊富な方で、とても議論を深めておられました。それは、政策の需要側の視点です。

今日は、政策の供給側から見た“民主主義の限界”についてお話したいと思います。
いまニッポンが直面している問題は、極めて政治的決定の難しい問題です。いちばん分かりやすいのが社会保障と税の一体改革だと思いますが、急速な高齢化、低成長のなかで、税収は減るのに支出が増えていくという構造があります。
この構造を解決するには、簡単に言えば給付を減らして負担を増やすという、“誰も喜ばない”改革をしなければなりません。政治的決定によって制度をいじらなくても、経済成長によって解決できるという方もいるかもしれません。経済のパイを拡大する必要があることは間違いありませんが、それだけで簡単に解決できるものではありません。毎年、一般会計(要は税金)で1兆円規模で支出が自然と増えていきます。一方で、税収はこの20年で約60兆円から約41兆円になり20兆円も減少しています。

今の政治問題は、誰も決めたくないことを決めなければならないのです。

政治家の方は、一般の人が政策についてどのような意見を持っているのかということをすごく気にしています。なぜなら、一般の人が反対する政策を行えば、次の選挙で失業してしまうかもしれないからです。官僚も同じです。政治家がノーといえば、どんなによいと思われる政策も実現できません。
今は、組織票があれば選挙が安泰という時代ではありません。総選挙のたびに大きく政党の議席配分が変わります。有力議員でさえ落ちる時代です。今の時代は過去最高に政治家や官僚といった政策の供給側が一般の人の意見・空気を気にしています。

一方で、一般の人は政治に無関心かというと決してそうではないと思います。
揚げ足取りのような論戦や報道にそろそろ嫌気がさしてきているのではないかと感じています。池上彰さんがまじめに、そして正確に政策を説明する番組が高視聴率をとっています。おそらく、情報収集コストが高くなければ政策を知っていたいしコミットしたいのだと思うのです。このように政策の供給側と需要側は、その内心においては相互に求めているところまで日本の政治は成熟してきていると僕は思います。

荻上チキさんが「選挙以外に、こんなに政治へのアクセスの方法があるなんて知らなかった」とおっしゃっていました。ここに、今の民主主義が抱える問題の本質があると思います。政策の供給側と需要側はつながりたがっているのに、その回路がうまくつながっていないのです。僕は、その回路がつながりさえすれば、決めなければいけない課題を共有し、“利害は違っても最後はまとまって決めよう”とすることができると思っています。それは、数年の選挙で数人から1人を選ぶ選挙だけではありません※。
たくさんある政策の一つ一つは、毎年作っています。法律のような大きいものでなくても、細かいものを入れれば、毎日政策を作っていると言っても過言ではありません。この一つ一つの政策を作る過程で、政策の供給側と需要側の回路をつなげていく必要があると思います。
※それでも、選挙は極めて重要な政治参加であることに変わりはありません。現実の政治(複雑な利害の調整)は顔の見える人同士で、膝を突き詰めてやらざるを得ません。信頼できる人にその役割を託すというのは非常に大事なことです。学園祭の実行委員を、ちゃんとやってくれる人に委任するのと同じです。

そのためには、以下のような処方箋を考えています。
1.一般の人が政策的な情報収集するコストを下げること(政策の個人の生活への影響を見えるようにする)
2.政治の複雑な調整過程をオープンにしていくこと(遠い世界の話ではない)
3.一般の人同士が政策について思考を深められること(あの番組もその一つかもしれない)
4.一般の人の政策への意見表明の手段を多様化していくこと(供給側の意見集約コストを下げて意見が届くようにする)
5.政策の効果をしっかりフィードバックするシステムを作ること(選挙以外に、政策ごとに)

高齢者の方は、実際に集会に出かけたり組織に属していたりすることも多いと思いますが、僕らの世代について言えばネットを活用したソーシャルメディアに大きな可能性を感じています。僕らの世代は忙しいですから、時間的コストをかけずに、一般の人と政治家や官僚が直接コミュニケーションできるツールが必要です。そして、ネット上でのコミュニケーションがリアルなコミュニケーションへのきっかけになると思います。

番組で安藤美冬さんがおっしゃっていた言葉を借りれば、民主主義の過程においても、多様なウィークタイズがストロングタイズを生むのです。僕が個人的にやっているのは、こういう活動なのだと思います。実際に何本か法律を作ってきて、「もっとリアルに世のなかの人に語りかけ、また話を聞いて、理解して納得してもらわないと良い法律は作れない」という実感が強くなり、いつの間にかこういうことをし始めていました。
法律は強制的に全国民に一律に適用されますし、税金は強制的に徴収されます。政治からの撤退は、この国家を出ない限りできないのです。そしてこの国家を出たとしても、また出た先でその営みのなかに入るざるを得ないのです。それが少なくとも今の時代のルールなわけですが、別にルールに縛られるからということでなくても、なんだかんだいって僕らの世代のみんなも結構この国が好きなんじゃないかと思うのです。

執筆: この記事は千正康裕さんのブログ『センショーの官僚のお仕事と日常のブログ』からご寄稿いただきました。

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